インターネットが不通に
早朝に起きて、メールチエックしようとしたら、インターネットに接続できない。
アトリエにある、デスクトップも駄目。ということはプロバイダーに問題があるようだ。
今日はまたPBG4を持って、行きつけのセラピーカフェに行ってそこから接続をせねばならない。実に面倒なことだ。
LANは空気のような存在なので、普段はその存在を気にもとめないが、こういう状況になると面倒なり。
プラハも月曜で、一週間の始まりである。
アトリエの隣は長らく「普通の屋根裏」であったのが、この1月に新しい住居が出来た。
そこに人が住んでいるので、夜と朝にはシャワーを使う音がする。
それ以外は何の音もせず。
隣は何をする人ぞ
というわけだが、あまりの静けさよりも隣人の生活音がする方がなんとなく、落ち着くのは確かだ。
朝、8時すぎになってようやく明るくなってきた。
天候は晴れるような晴れないような、はっきりしない様子である。
もっとも、これが欧州の晩秋の天気だから驚くほどではない。そのようなモノクロームの世界が1年のうち、半年は続くのである。まだエルンスト・ハースが元気だったころ、東京は銀座で彼とウイーンの話をした。大写真家はウイーンの出身なのである。だから、ウイーン弁で会話をした。
ウイーンはモノクロの街か、それともカラーの街か?この問いに対して「そりゃ、ウイーンはモノクロの街さ、、、君は僕が戦後に撮影したウイーンのモノクロ作品を見たことがあるかね」と答えた。
これは戦争直後のウイーンを撮影した6X6のシリーズなのである。
ハースはカラーの魔術師と呼ばれたのは、一連のライフの「ぶれたカラー」によるものだが、モノクロの6X6の作品には良いものがある。
ただし、この作品は一般向けではない。
自分は当時、ウイーンで前衛芸術誌「プロトコーレ」に16ページだてだかで、モノクロ作品を何回かシリーズ掲載していた。
同じ号にはジョン・ケージが登場するような(これは1974年の話だ)硬派の雑誌だった。
その雑誌の別の号で、自分はそのハースの仕事を見ていたのである。
とりあえず、カラーはデジカメに任せて、自分は銀塩モノクロで仕事を遊ぶつもりである。(15:27)
そうだ、日本時間は生活時間に合わないので、以降、こっちの時間に切り替える。
だから(8:27)である。
インターネットの不具合のチエックで、パベル来。
となり近所がどうなっているか聞いてもらった。
このあたり、一面が「停電」であるそうだ。
復旧にはしばらく時間がかかるとのこと。
とりあえず、明日の日記をアップするのに、都心まで行き、同時にパノラマで撮影するということにする。
空を見ると、青く晴れ渡りそこを空港から離陸したマレブ(ハンガリー航空)の飛行機がくっきりと見える。青空には白い機体は実に似合う。
さっそく、この航空路をチエックする。(10:25)
インターネットようやく開通する。(10:51)
撮影。
この数年、閉じていたワーレンシュタイン宮殿と庭園を撮影。
ここには典型的なバロックの庭である、グロッタがある。渋澤龍彦好みのモチーフだ。
それにしても、黒川紀章さんは偉い。
女性はなにかにつけ、バロック的であるからだ。
そんなことをバロック庭園を歩行しつつ考えた。
でも、自分が女性を形容するのから、いっそ、バロックよりマニエリスムというところだ。
パノラマカメラで10本撮影。
午後1時にセラピーカフェでパベルに会う。
タルタルステーキ。
スデクのパノラマ写真のデータをエプソンp5000に入れたのを見つつ、スデクの撮影地に関して意見を交わす。
その写真集の中に、ルナパークがある。
これがどこなのか分からないでいたら、何時もそこを歩行して地下鉄の駅まで歩いている、工業大学の敷地の前が、遊園地であった。
これが1950年代の話だ。
そのように、ひとつづつプラハパノラマの謎が解けて行く。(16:20)
上に登場のオペマ2の45ミリのベラレンズはM37であって、ライカにはつかない。
しかし、ライカマウントに「ひっかけること」はできる。
それで、エプソンRD1に付けて、目分量で距離を合わせて(無限で1メーターになる)撮影した。
フォトショでちょっといじったら、実に立派なレンズの描写になった。
今や、どんな酷いレンズでも自由自在な時代だ。
現行のツアイスブランドもライカブランドのレンズもこれでは立つ瀬がなかろう。
簡単に「スデクめかしたげーじゅつ画像」が出来てしまう現代。
これをメーカーさんは「便利」というのであろうが。
本当は、不幸な時代と言うべきであろう。(17:07)
オペマには30ミリ、45ミリ、90ミリ、135ミリ、180ミリの交換レンズがあった。
この中で、一番、グラマラスなのが、この180ミリである。
その名をtelexというのである。
素晴らしいデザインである。
なにしろ、50年代のレンズだから、真面目に造られている。真鍮製で実に重い。
チエコの工業デザインのすばらしさは、プラハの技術博物館に行くと良く理解できる。
今回視たいものは、そのプラハのミュージアムでのカメラ展示。
それと、ナショナルギャラリーの
ベレニス・アボット」の20代の頃にモデルになった油絵である。
(17:37)
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