坂崎さんのフェド
、、、、それで、MJチョートクカメラ日記から、KCチョートクカメラ日記へのシームレスな移行ということで、前の坂崎さん(偽ライカ同盟の創立メンバー)の偽ライカ好きのことになるのだけど、最初に偽ライカの代表選手である、フェドを紹介してもらったのは、実は坂崎さんからなのである。
当時の坂崎さんは、新宿の野村ビルの敷地の中で武蔵屋商店を開店していて、そこを訪問したときに、ソ連製ライカである、フェドが山になっていたのでそれを
4−5台ほど買った。その価格は忘れてしまったが、実はそれ以前にもフェドをあつめていた私にしてみると、坂崎商店のフェドは戦前の40年代の「かなり珍
しい方のフェド」であることが分かったので、買ったのだった。
大抵の西側世界にあるフェドは新しいのが多いのであるが(その意味は60年代の製品であまり機械的な精度は出ていない)坂崎モノのフェドは戦前の「フェド造り職人」が頑張っていた当時の「良きフェド」なのである。
そういうルートを坂崎さんが持っているので、「これは立派なフェド売人」であるな、と盛んに感心したものだった。
その直後に、坂崎さんは「これ、ロンドンのオークションのロットに入っていたんですが、2冊あったので、1部差し上げます」というので、黄色の表紙のソ連製カメラの専門書をもらった。
フランス人の著者の本でそれは英文であったが、翻訳者はいつも、特許やら法律やらの翻訳をしているのではないかと思われるふしのある難しい英語であった。
しかし、このソ連カメラの黄色い本で、それまで貧弱であった私のソ連製カメラに対する知識は一挙に豊富になった。
その中にある、一台が坂崎さんが構えているフェド鉄砲なのである。
これは実に軍事用品であって、1940年代にソ連の赤軍(赤軍派ではない)が偵察用に開発した300ミリ望遠レンズ付きの望遠カメラであった。
軍用であるから、その数は膨大なものかと思っていたが、そうではなく、実際には特殊な任務をもったスタッフが携帯するのだから、今に確認されている総生産数は200とも云われている。
これはロシアカメラのフェド(我々、偽ライカ同盟はこれをなまって、ヘド、と呼んでいるが)の本体にミラーボックスがついて、300ミリ連が付き、ガンストックがついた、いかにもハードボイルドなカメラである。これはブラック仕上げだけど、オリーブ仕上げもある。
そのカメラは形式名でFS1と呼ばれていた。
この特殊なカメラを愛好していたのが、往年のソ連のトップ、フルシュチョフ第一書記である。ある日、第一書記は自分のフェドガンを修理の為に、モスクワ近郊のクラスノゴルスクに来た。
そこで、くだんのカメラがもう生産されていないことを知って、その再生産を命じたと、そのソ連の黄色い本にはある。それが後年のフォトスナイパーである。
こっちの方は300ミリレンズがセニットという一眼レフについているので、まああまり珍品というわけではない。
坂崎さんからもらった本のおかげで、自分はこのカメラの存在を知った。その前後の話は、「ロシアカメラはむせぶ夜は」(グリーンアロー出版)
「偽ライカ同盟入門」(原書房)
に詳しい。
さて、10年ほど前に、このフェドガンをウイーンのライカショップで買ったのである。
清水の舞台から飛び降りるというか、モスクワ大学の高楼からジャンプするような決心でこれを手に入れた。
その後、旅をして、プラハ経由でベルリンに来た。ホテルの窓から向かいのビルの中に居る人間とか撮影していたら、下を通りかかったホテルの人がそれを見て、後で私に告げた。
「お客さま、向かいの建物はドイツ政府の内務省のビルでございます。あまりぶしつけに撮影をなさるのは、いかがなものかと、、、」内務省と云えば、シークレットエージエントさんなどが出入りしている場所である。
それから10年ほど、くだんのフェドガンは我が佃の倉庫で行方不明になっていたのが最近になって発見されたのであった。
せっかくのクールなカメラなので、それを9月にほぼ1月開催された、六本木ヒルズの49fでの「チョートククラシックカメラ展」で展示した。
その最終日に坂崎さんは、30分ほど展示の撤収の後に来たというわけだ。
それですでに仕舞ったロッカーの中から、フェドガンを出して、それでゴルゴ13なみのポーズをとってもらったことになる。
ただし、坂崎さんに見せたカメラは全展示の34台にうちのたった2台だけにした。
もともといったん、坂崎さんとカメラ話が開始されてしまうと、これが延々とつづいて終わることがない。
それで2台だけにした。
もう一台は、映画ゴーストバスターで「幽霊探知機」に使われて小道具で、銀色の象印の魔法瓶みたいのが、ぐるぐる回転する「幽霊センサー」であるが、これは映画のプロップの話で、本当は365度を撮影する、全周パノラマカメラなのである。
この2台で所用時間は2時間。
だから、展示の34台を全部見ていったら、少なくとも34時間になってしまう。
そのカメラ話は実に抱腹絶倒であった。
それを録音しなかったのは残念である。
でも偽ライカ同盟の創始者である、坂崎王子は最近の偽ライカ同盟のなにもやらないことを憂いて、「是非なにか雑誌とか写真集でやりましょう!」ということになった。
坂崎さんは自分にとっては、レーニンが革命の父
サカザキスキーは、ソ連カメラの父というわけだ。
ちょうど発売されている、「和幸」のCDジャケットが、いかにも赤いスーツで、社会っぽいのが良い。かのレーニンさんも赤の広場でああいう出で立ちで、クリスタルの箱の中で寝ていたことを思いだした。
★★★
和幸:ゴールデン・ヒッツ
買ったきっかけ:
通りがかりの坂崎さんからいただきました。
感想:
レコードジャケットの解説が秀逸。
おすすめポイント:
やっぱり、「バラバラふたり」ですね。
20年前ロンドンに居た時、はまりました。
いや、一昨日の六本木ヒルズか、、
そこらへん、記憶曖昧です。
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和幸:ゴールデン・ヒッツ
アーティスト:和幸 | |
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★★★
★さて、引き続き、プラハのお天気カメラです。どんな天気かな。
http://www.webcams.travel/webcam/1182187888
1月前に比較して、かなり紅葉してきた。ただし、プラハの場合(欧州の場合)黄色になるのであって、紅くなるのはあまりない。
カレル橋は満員。今日も良い秋の空のプラハだ。
あたしのアトリエは中央の教会のその裏手の方にある。静かな環境であって、カメラ散歩には最適だ。
今から、18日からのプラハ行のカメラを選定中。


