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🐦❤️🇻🇳お知らせ

お知らせC20cecfe213d4f599cd752b3921e4a80
11月11日長徳ブラパチワークショップ。
柴又矢切の渡し車寅次郎⛩

🐦❤️🇻🇳ギャラリーバウハウス田中長徳写真展HAN DINハノイディエンビエンフー11月17日まで

2018年10月19日 (金)

東京パノラマ撮影。黒猫のしっぽが役に立つ

東京パノラマ撮影。黒猫のしっぽが役に立つImg_8835

ソ連製のパノラマカメラホリゾントを最初に買ったのは1975年の東ベルリンのことだった。当時高価なカメラでなかなか西側の経済圏では手に入らなかったのである。

東ドイツのカメラ屋で新品で買った。値段もよく覚えている750東ドイツマルクだった。東独ではかなりの高いカメラになる。

以来そのカメラをずっと持ち歩いてヨーロッパ中を撮影した。そのプリント200数十枚が最近発見されて今写真集になろうとしている。誠にありがたいことである。

このカメラは実に40年以上使っているから自分の体の1部になっている。暗闇でもフイルム装填ができる。

パノラマカメラがどれだけの角度で風景を移し取るのかは分かっているからファインダーは覗かない。しかし私の視力は40年前のようではないからシャッタースピードと絞りを設定するのが面倒であった。

ちょうどハロウィンの前でシールを持ち歩いているのでその中の黒猫のシールをカメラのインデックスがわりに貼ってみたのである。

黒猫のしっぽの先の曲がったところに指標を合わせればセッティングがオーケーと言うやつだ。これは我ながらうまいアイデアであった感心しているのである。

2018年10月18日 (木)

Camex 8倍ズーム付きのアンジェニュー

8倍ズーム付きのアンジェニュー8796423c233540a4937b4759751fcf3d
パリにある大昔の8ミリ映画撮影機の会社である。
Ercsam.という名前だった。パリの北の駅からすぐ近くなので歩いてそこらを散歩した。
同じパリで制作されたのでよく間違えるのであるがCamex とCameflexとは全く異なるカメラでメーカーも違う。

Camexは私のwin時代に大活躍した8ミリカメラであった。ズームレンズが2本とプライムレンズが4本付いていた。Kodachromeで撮影した。その時色彩は半世紀経った今も変わっていない。そのことを思い出して、このカメラがebay登場すると買うようにしている。
1957年頃にはライカカメラより高い値段であった。

たいていはフランスの田舎町で発見されるのである。それを私とカメラ人類の野々宮が購入いたらフランス本土のカメラはほぼ絶滅状態になった。

でもそれから2年ぐらい我慢していたらまたぼつぼつ出るようになった。このAngenieuxのズームレンズは当時としては高い倍率の8倍ズームなのである。値段もかなり高かったようだ。

このようにカメラのアウトフィットを見るとフイルム現像所に送る封筒が一緒に入っている。これのお世話にはなりましたね。Wienの7年半におそらく数百本のフィルムを撮影して切手をなめて封筒に貼って現像所に送った。

フィルムは手元に出てきたが1本ののフイルムだけはついに届かなかった。事故率としては低いような気がするが私は残念でならない。その1本のフィルムは私がウィーンでおたふくかぜに何いたときの貴重なドキュメンタリーなのである。

このカメラでもそうだがカメラのハンドグリップが後前についている。これは売り手さんがこのカメラを知らないせいだ。

2018年10月17日 (水)

ハロウィンて万聖節だろう?

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ヨーロッパでは11月1日は万聖節である。日本のお墓参りのようなもので家族で墓地に参拝に行く。人間の生き死にに関してよく考える宗教的な日なのである。
11月1日はヨーロッパでは完全な冬である。万物かれ切った風景である。

アメリカ合衆国ではその1日前にハロウィンやるけどそれが形だけ伝来してしまったのがわが国である。

年寄りから見て1番腹立たしいのはハロウィンの背景には宗教もなければ思想もないと言うことである。楽しければなんでもいいじゃんと若いお母さんに言われそうだがそれは許しません。

日本で私の知る限り最初にハロウィンのアクションを伝承したのは碑文谷にあった優秀なフォトギャラリーギャラリーMinであった。城田さんはアメリカに長く留学していたのでそこら辺をよく知っていた。それでハロウィンの夜になると子供たち引率して隣近所を回ってトリックorトリートなどとやっていた。これが30数年前の話であるから当時はハロウィンなんて誰も知らなかった。

それが商業主義の手にかかってこんなことになってしまった。日本民族として情けないほ。

それで私が爺が奮起してハロウィンを国民の手に取り戻す運動を開始した。まずはブラパチワークショップに参加した人々にこーゆーシンボルのバッチを配ったのである。

キャラクターは西洋お化けであるが手のひらの使い方が日本のお化けであるところが面白い。
いわゆるバケバケスタイルは日本のお化けのアクションである。

2018年10月16日 (火)

?堀切方丈記

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ブラパチワークショップで歩いた堀切の大発見である。地元には有名なランドマークなのであろうが私はこれを知らなかった。前回立石バーガーにロケハンに行ったとその前を通っていたはずであるが自分は一体何を見ていたのだろうか?

堀切の菖蒲園と言うと有名であるがそこに今度は堀切の方丈記が加わった。
でも実際のランドマークの佇まいは日本ではなくてむしろメルヘンぽい。

森の木陰でドンジャラホイという感じだ。

この敷地の1番通路側には大理石をベースにした柿があって水が延々と流れている。その脇に立て札があってこの水は飲めないと書いてある。ソコロからして不思議である。

この森の中の小屋は脇に水車がついている。だから水車が回ると自家発電で小さな小屋の中のランプの明かりがつく仕組みなのかもしれない。ただ実際には水車は回っていなかった。

それで私は宣言して本日からこの水車小屋に住むことにした。

美しい水車小屋の娘ならぬ
美しい水車小屋のひげ爺である

この水車小屋を見て痛感するのはこれが葛飾区の仕事ではないような気がすることだ。要するに下請け業者に作らせたようながさつなものではない。世界中でこういう場所にある物件をいろいろ見てきたがこれはトップクラスだと思う。

ルコルビジェの最後に居住した南仏のログハウスみたいなものか?

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2018年10月15日 (月)

プラハのアトリエの最後の日々

プラハのアトリエの最後の日々1

プラハのアトリエには30年近く暮らしたのである。この場所はプラハの街の北部にあってプラハ工科大学と隣り合っていた。プラハの6区と言うのはいわゆる文教地区であってこのアトリエのある建物は1930年代に作られたが最上階は画家のアトリエになっている。

当時の建築基準法で5fまではエレベーターがなくてもオーケーであって6fの屋根裏部屋母エレベーターなしでオーケーと言うことであったらしい。

ここに暮らし始めた30代の頃は結局6階まで階段を上ってなんともなかったが毎年徐々に階段が高くなってきた感じがする。
それで数年前ヒキ払った。それ以来プラハに行った時はホテル暮らしである。ホテルがすごいなと思うのはエレベーターがついていることだ。エレベーターのない建物に暮らしているとそんなことも素晴らしいことに思える。

近くにソ連大使館の文化部があって組織がロシアになったときに共産党を称えるいろいろなデコレーションが門の前に捨てられていた。興味本位にそれを拾ってきて当時私がやっていたカメラジャーナルと言う冊子の表紙に登場させるカメラのバックに使った事もあった。国家が1つの体勢からもう一つの体制に移行する時それまで尊敬され言っていた環境などは簡単に捨てられるものなのだと痛感した。


2018年10月14日 (日)

日本経済新聞に紹介されたいわゆる鳥が走ってます写真について

日経に紹介されたいわゆる鳥が走っています写真についてImg_8813_2
インドシナ戦争でベトナムがフランスに対して決定的な勝利を決定付けたのがディエンビエンフーであった。ハノイの西400キロ弱のラオスとの国境に近い街なのであるが交通が不便なのでベトナムのたびに慣れている人でもなかなか訪問する機会のない場所のようだ。

飛行機の便が悪いので私も覚悟して出かけた。この5月の事だがその時はハノイにはいかなかった。
日本軍が建設した飛行場の滑走路があって町から歩いて15分位の距離なのである。歩いてホテルまで行くつもりであったがタクシーに乗ってしまった。その滑走路を今でも使っているのだ。ただしランウェイは短いからジェットは無理でターボプロップである。

宿泊したホテルの名前はルビーと言うのである。Google マップで見ていたら中心街でもあるし賑やかな商店街であろうかと予想していたら完全なカントリーロードであったので逆にそのことが嬉しかった。

軍用のライカカメラに35ミリのレンズだけつけて通りに出たらいきなり軍鶏の攻撃を受けた。この界隈はもともと鶏の原産地だそうである。昔のハノイではしゃも戦わせてそれが庶民の楽しみであったようだ。ハノイでも大体大きな市場の裏あたりで市民が集ってしゃもを戦わせていた。

でもこういうファイトは実際には小額のお金をかけているのである。それほどおじさんたちの表情が真剣なのである。

通りがかりに私は写真に写っているしゃもにちょっと脅かされた。この前のギャラリーバウハウスのトークでは沢木さんとの対談で彼がポルトガルの岬で犬にほえられた話が話題になった。犬に吠えられる位であるから偉大なポエットであるというのが私の意見である。

チベットに潜入したKawaguchi Ekaiだって
Taneda Santoukaもみんな犬に吠えられているのだ。つまり犬に吠えられるようでなければポエトとしては1人前ではないという意味でそのことを沢木さんに申し上げた。

犬に吠えられるのではないがしゃもに追いかけられると言うのはレベルとしてはかなり下の方には違いないがとりあえず私もポエトの端くれと言うことにしておく。

私の写真展にはジンクスがあってこの数年間ポストカードに使用した写真は売れないと言うのが定石なのである。ところが日本経済新聞のおかげでポストカードに使われた鶏に追っかけられる写真家のセルフポートレートは売れた。誠にありがたい次第である。

2018年10月13日 (土)

いつも予約でいっぱいの品川区の児童公園

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どちらかと言えば大田区とか世田谷区よりも品川区が好きである。好みの問題であるのだが私は路地裏のごちゃごちゃしたところが好きなのだ。下神明の駅から新幹線のガードの下が複雑な立体交差にになっていてそこが大好きなのである。

小さな公園がある。ベンチが1つしかないのでここに座るのはなかなかステータスが高い。
このステータスの高さと言えばちょうどマンハッタンのグラマシーのあたりのプライベートパークと言う感じである。例のTudorハウスがあるファーストアベニューに近いあの界隈だ。

それは小さな公園でベンチが1つしかないと言うのは高級感そそり立ってますよね。
そこら辺の品川のステータスが大好きなのである。

六厘舎がなくなって何年になるか忘れたが最近この地域にいかなくなった。つけそばを食べに行くのではない。そこに並んでいる連中はぬいぐるみ滅入っているのである。それを見に行くのだ。

珍しくプライベートパークっぽい小さな公園が空いていたのでベンチに座ってみた。

いろいろな街の音がするがその中で重要なのは鉄道の音である。こういうのは実際に現場で行こないとなかなかわからないものである。新幹線と在来線と大井町線が交差している。

その3つの鉄道の中で1番音が小さいのが新幹線であった。これはかなり意外な新発見であった。
その次に走行が大きいのが在来線。そして、天地を轟かす大きな音をするのが大井町線である。まぁ頭の上は下神明の駅ですから。

この界隈の複雑な立体交差になぜ私が惹かれるかと言えばその理由は単純である。自分そのものが鉄道模型の中に作られた小さな人形のような気がするわけだ。そういうのってなかなか楽しい。
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2018年10月12日 (金)

シルエットな街

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じゅうごねんぐらい前にニコンのD200と言うカメラが出たときになぎら健壱さんとデジタルカメラマガジンで対談をした。その時の対談が四谷の焼酎やから月島、に移動して非常に面白かったのであるがそのことをここで書くわけではない。

じゅうごねんぶりにそのニコンを手に入れたら価格が10分の1になっていたというのが情けない。

それで使ってみたらちゃんと使えるのである。
このカメラが登場したときにはまだスカイツリーは存在していなかった。ある日変な格好のビルができたなと思ったらそのままジャックと豆の樹みたいに店に届いてしまった。

手元にある適当なニッコールをつけて撮影したのがこれである。フルサイズのミラーレスもけっこうに違いないがこれも非常に結構だ。

私の経験によればエディトリアルのあまり経験のないデザイナーさんはすぐフルサイズに固執するわけであるが経験を積んでいるデザイナさんはAPS-Cでも別に文句は言いません。

、、、、フルサイズのミラーレスで撮った画像を送ってくれる人がいるのであるがそれが24メガ以上して私の古いiPadではなかなかダウンロードできない。私の場合はこの画像750KBなので。問題は無い。そのぐらい軽い画像でやりとりしていたものです。


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2018年10月11日 (木)

フルサイズミラーレスの進化と手作りハンバーグについてのワークショップ

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デジタルカメラに関してはミラーレスのスタンダードになりそうだ。それもフルサイズ。ハンバーガーに関しては立石バーガーが頑張っている。ニコンの最新型ミラーレスカメラは700,000円ほどである。立石バーガーの最新型ハンバーガーは100円である。
10月14日のブラパチワークショップは特別に日本光学工業さんのご協力を得て最新のミラーレスフルサイズを触れることになった。

100円バーガー食べながらカメラに触るのはよくないので食べてから触るか触ってからバーガー食べるかのどちらかにしたいと思う。

冗談はともかく高校時代の通学路池袋に100円バーガー屋があってそこのお世話になったものである。あれから50年が経過して100円と言うのはすごいことだと思う。そしてこの立石バーガーは結構うまいのである。

立石バーガー名物のAIの最先端を駆使したバーガー自動販売機のお話もマスターに聞けると思う。

2018年10月10日 (水)

Shoji OtakeさんのVitessa T

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大竹先生の回顧展が先日あったそうで私の周りの連中はその公開対談に出かけた。私は所用があって行けなかったがなかなか興味深い内容であったようだ。

大竹先生と言えば昭和20年代から30年代にかけての若手のホープであった。1番有名なのはジェネラルマッカーサーを撮影したことだ。マッカーサーがぶすっとしているのでジェネラルスマイルを連発してすばらしい傑作をとっている。それと婦人科写真の第一人者である。

どうも大竹先生の場合は報道でも優れていたから今で言うところの投打二刀流と言うことなのであろう。
要するにStar写真家であって雲の上の存在であったのがどういうわけか東京カメラクラブをやっていた当時に大竹先生からお呼びがかかって我々カメラクラブ数名で世田谷のスタジオにお邪魔していろいろカメラの話を教えていただいたことがある。
先生が偉かったのはそーゆー場所で写真芸術の話をせずにカメラとレンズの話をなさったことだ。これって大事なポイントですね。

大竹先生のオススメカメラとレンズはアサヒカメラの連載にも詳しいけれども私が1番影響受けたのはこのカメラであった。
Voigtlaender Vitessaのそれもレンズ交換のできるやつだ。大竹先生のお話では35ミリ50ミリ100ミリのレンズ3本付で25,000円位で買える。非常に優秀なうつりをすると言うお話であった。
それからしばらくして荒木町のガラクタ屋さんで同じセットを求めた。値段は20,000円位だったのは100ミリのレンズの具合が悪かったせいである。それで35ミリのレンズをつけっぱなしにして外国によく持ち歩いた。

フォクトレンダーはドイツはブラウンシュバイクのカメラメーカーだがそのオリジナルは18世紀初めにオーストリアウィーンでスタート。今でもウィーンの人は自分たちの街のカメラであると言うことをちゃんと認識している点だ。

これはオーストリアウィーンの夕暮れの画像。私のライカマイライフと言う単行本に掲載された。
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ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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