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2018年8月21日 (火)

第3帝国時代のCelt Dolina

第3帝国時代のCelt Dolina
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仕事場の傍にもう10年以上置いてあるカメラがある。そのカメラが何であるのか私は知っているがそれを手に取ったことがない。思いつきで手に取ってその蛇腹カメラを開いてみた。四半世紀前にプラハの中古カメラ店で買ったことも覚えている。


Celt Dolinaと言うカメラである。このカメラはドレスデン声だ。作りが非常に良い。70年以上たってもカメラの革張りなどは全く崩れていない。
まずフルサイズのミラーレスとかライカエム、アポ頭ミクロンとかマクロすいたなどが好きな人はこういうものは相手にしていないだろう。どういうカメラ人類がこの餌に引っかかってくるかと思ってFacebookに出したらすぐに京都の燎原さんからレスがあった。燎原さんはカメラ修理の達人だが以前はフェラーリのメカニックでもあった人だ。彼が最初にやられたカメラがイタリアはローマのレクタフレックスなのである。
Celt Dolinaであるが戦前のモデルが非常に良い。戦後のものは形はほとんど同じなのであるが仕上げが東独のカメラと言う感じがする。要するにアルミ製品と言う存在感になってしまった。カメラの専門店のウインドウに並んで いると言うよりも荒物屋さんの店先にぶら下がっているのがお似合いと言う感じなのだ。Facebookでもと三越の経理部長さんからも問い合わせがあって自分も1台持っているが戦前ものが戦後ものか鑑定してほしいと言ってきた。経理部長さんのCelt Dolinaを鑑定したらこれも戦前ものであった。第3帝国時代のものですご安心くださいとFacebookに書いたら安心したようだった。

第3帝国時代がかっこいいのはカメラの場合だけです。
日本の政治が第3帝国になるのはお断り。

2018年8月20日 (月)

夏休み絵日記エプソンライカ

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今週の土曜日のシドニーとその後の暑気払いまでは外に出ない計画である。バルコニーで仕事をしてバルコニーを散歩する。マンハッタンに住んでいたときに双方のロフトで雨の日などは室内を散歩したがここのバルコニーも非常に広くていや長くて散歩ができるのだ。それでカメラは夏休み絵日記と言うことでほぼ10年ぶりに発掘されたエプソンデジタルライカをモノクロモードでとっている。レンズはこういうのをつけている。

2018年8月19日 (日)

Epson Leicaの夏休みDiary

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働いている一般の人は真面目だからお盆休みに実家に帰郷したり海外に行ったりして帰ってきて翌日から仕事である。われわれは年寄りで時間の配分は自由自在になるからそういう事はしない。先週河内に行ったのは仕事であってそれで疲れたので東京で休養しようと言うスケジュールである。

河内東京のホテルメトロポールのプールサイドに座ってそこから1歩も動けないと言うことを周りに宣伝した。実際にはプールサイドではなくてリバーサイドなのだがそれはたいした違いではない、。
それで終日店プールサイドに座っているとなかなかいろいろ面白い風景が外界に展開する。使っているカメラは先週偶然発掘した10年落ちのエプソンのデジタルライカである。バッテリーを手に入れたのでもう無敵である。

Facebookを見ていたら来年の春にお友達同士3人でハバナに行くと言う計画の方がいらして持っていくカメラで悩んでいる。同行の2人がライカなので自分は富士をもって行くわけには行かないなどと書いていらっしゃる。まず理想的環境ですね。
写真の機材と言うのは社交の材料の1部にされているようである。まぁ我々がメーカーさんとお付き合いして提灯記事を書くよりもはるかに紳士的である事は確かだ。

エプソンライカには135ミリのライカのレンズをつける。隅田川テラス人がわらわら集まってきた。安倍政権打倒国民大集会なのかなと思っていたらそれにしては規模が小さすぎる。主催者発表で50,000人、警察の発表で50人と言う奴だ。

2018年8月18日 (土)

河内で買ったほうれん草を東京で食べる

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江戸時代の言葉で長崎からおこわが来ると言うのはありえないこと起きる定番のフレーズであった。朝ハノイの市場でほうれん草を買って空輸して夜には東京でバター炒めにして食べた。生産者の顔が見えると言うのは良いことなのである。葉っぱの分厚い非常に良いほうれん草であった。ポパイがほうれん草で元気になる理由がわかった。

2018年8月17日 (金)

エプソンライカエム. 10のバッテリーを買う

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佃中古カメラ博覧会3日目の戦利品。

RD1世界で最初のライカタイプのレンジファインダデジタルカメラである。当時ライカの会社は先起こされたのがよほど悔しいらしくて株主向きのインフォメーションに今開発終了してもうすぐ出ますと言うステートメントを出していた。しかしこういう歴史は書き換えることができない。その意味でエプソンは非常に重要な仕事をした。その広告の仕事で実際には1台しかない実働カメラを持ってヨーロッパに行ったのだ、、、何しろ1台しかないのだから壊れたらアウトである。。いろいろ気を使った。でも写真集は坂崎幸之助さんとの対談も入れたりしてそこそこの出来になったのは嬉しかった。発表会の時に坂崎さんと対談もやらせてもらった。これは横浜のカメラ博覧会ではなくてその前の東京ビッグサイトの頃の話なのである。

エプソンライカが発見されたのは良いがバッテリーチャージャーがない。アマゾンでチェックしたらオリジナルのエプソンのやつは品切れである。フジの互換性のあるバッテリーを注文した。夕方オーダーしたら翌朝ついていたと言うのはすごい。ライカM3軍用モデルを持ってハロウィンに行って赤いたぬきに騙されたのでしばらくこのエプソンライカで遊ぼうと思っている。バッテリーが2つとチャージャーと死骸やライターのアダプターがついて1200円と言うのは安過ぎる、。きっと型遅れなので誰も買わないのでハローハロー、

2018年8月16日 (木)

河内さまよえる湖とチャボチャボポイント

さまよえる湖とチャボチャボポイントHni_2699

20年前にはハノイオペラホテルに泊まりメトロポールに泊まり西側観光客の真似をしていた。宿泊代がもったいないことに気づきそれ以来旧市街の北にあるホテルギャラクシーを家としていた。そこからぶらぶら散歩をしてすぐ北にある西湖によく出かけた。

今回そのことを思い出してもう一度湖に行ってみようとした。無理して朝6時に起きて旧市街を北に突っ切って行ったのだがなぜか到着しない。今回はいろいろ面白い事があって赤いたぬきが私をハノイでたぶらかさするので丸い湖をぐるぐる回らされたりハノイの中心部で最大の湖をたぬきの金が隠してしまう。
河内
たぬきの金の広さは概ね100平方キロメーターはあるであろう。歩いていて到着したら最後のポイントはチャボが家族で遊んでいるところである。ヘディンでは無いけれど探検家はそれぞれの場所に大和雪原とか勝手放題の名前をつける。これはGPSがなかった頃の誇り高き探検家のプライドなのである。チャボの家族が遊んでいるところをチャボチャボポイントと命名した。

一旦ホテルに戻ってブレックファーストの後もう一回出かけてみたがチャボチポイントまではいけるのにそこから先はたぬきの金が視野を隠しているのでそこから先に進むことができない。
私と同行のライカインコも心配して熱中症になるから水を飲めと言った。

一旦ホテルに戻って実際にGoogle マップで検査したところ私の生き方が間違っていたので赤いたぬきの金から先にいけなくなっていたことが判明した。
ホテルギャラクシーにいた時もやはり巨大な湖なのに行つけないと言うことがわかったのでその時はホテルの前の道をまっすぐに西に向かって左折するとホーチミンのエンバーミングのあるバーデン広場なのであるが曲がらずにそこを北に曲がるのである。アーミーホテルの前を北に向かえば良いのである。これはこの日の3度目のトライアルで午後遅くのことであるがちゃんと行くことができた。さまよえる湖の発見である。

しかしさまよえる湖と言うのはここら辺にも存在するから私が行き始めてかれこれ20年も経っているから湖が勝手に歩き出すと言う事はあり得るのだ。

2018年8月15日 (水)

世界で最もわかりにくい場所にあるホテル

世界で最もわかりにくい場所にあるホテル901bdadc24de41d48fa59f2778c0c031

最初のハノイに来た時宿泊したホテルメトロポールは20年前の話であるがわかりやすいところにある。そこから徒歩で10分ぐらいの旧市街のど真ん中にあるホテルなのであるがこれが実にわかりにくい。私は仕事で世界中のホテルのルームインスペクションをやっているからおそらく数百のホテルは実際に見ているわけであるがこのホテルはわかりにくいことがベストである。実に狭い路地の奥の奥にあるのだ。6月にハノイに行った時に既にここを予約しているから場所を確かめようと思って2日連続探しに行って結局発見はできなかった。

どんなに独自の奥にあってもそこに行くための看板があるのが普通である。ところがそれもない。結局探すことを諦めたのである。空港からタクシードライバーに何度も電話をしてもらって結局行き着くことができた。この部屋はネットでシティービューの部屋と言うことになっている。情緒があって非常に良いと思う。
ホテルのバルコニーから見た風景だ。こういう素敵な風景だとバルコニーに座っていくらでもお酒を飲めるから危険なホテルと言うことになる。

2018年8月14日 (火)

河内マンハッタン

河内マンハッタン

ハノイの東雪谷5丁目は便利なところで通を往復するだけで日常に必要なものは全部手に入る。
それほど長い通りでは無いから通のおしまいまで行けば良いのであるがやはり面倒であるから買い物してそのままホテルに戻ってきたりする。でもあそこの河内のマンハッタンのイラストまで行ってみようと考えるのは悪いことでは無い。これは買い物通りの東の1番とっつきにあるのだ、。

プリミティブなピクチャーであるところが非常に良い。それで思い出したのは20年前にボロボロのハイエースでハノイからホイアンまで走ったときの記憶である。Dananに向かう急な峠道の踏み切りにプリミティブな油絵がかかっていた。それは南北統一鉄道が通過するところを踏み切りでみんな待っていると言うピクチャーなのである。非常に良いピクチャーであったのでハッセルブラッドでそれを複写したがもしもこれが売り物ならば欲しいとほんとに思ったことがある。Dscf2675_2


2018年8月13日 (月)

河内秘密警察ならぬ秘密豆腐店

河内秘密警察ならぬ秘密豆腐店Dscf2659

河内で行商のお豆腐屋さんをすぐ発見できるようになればそれは河内慣れしているのである。私などは初心者であるから全く関係ない方向歩いて探したりしているのである。河内のお豆腐屋さんは行商が多いようであってしかも場所を転々と帰るからなかなか我々初心者には場所を特定するのが困難である。日本のよりちょっと硬い豆腐でハノイビールによく合う。

秘密警察に対して秘密豆腐店と言うのは新しい言葉なので気にいっている。こないだ私が宿泊したホテルはお隣が公安警察であった。こちらのほうは場所が毎日変わると言う事は無いから便利かもしれないが別に秘密警察こっちは要は無い。

2018年8月12日 (日)

河内のドライブスルー

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西暦2000年の12月にホーチミンの空港のラウンジで沢木さんに初めて会ったとき彼の最初の言葉はベトナムはバイクが多いですねであった。
まさにその通りであってバイクがないとベトナムの人の生活は成り立たない。亡くなった写真家の外山ひとみさんはホンダのバイクでホーチミンからハノイまで2000キロ走ったそうである。実に頭が下がる。都市生活者としてのバイクは生活と切り離すことができない。要するに果物屋さんや八百屋の前にバイクで走ってきてそのまま買い物すると言う理想のドライブスルーなのである。

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ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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