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お知らせ

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親愛なる中古カメラ党同志諸君
出ました!
「我楽多屋で買ったモノマガジン 」
私家本(アローカメラ地下出版局印刷製本)
過去十数年の赤裸々なカメラレンズ買いの興奮の実話二百本収録。
非検閲地下出版。
限定二百部。カンパ2980円。
初版十部は三分で完売。重版出来。
我楽多屋のハトロン紙の袋を用紙にした奇書。
万国の中古カメラ党同志必携!

✴️詳しくはこちら
http://camera-kaukau.lekumo.biz/arrow/2016/07/magazine-7283.html

✴️お知らせ
チョートクカメラ塾 8月は夏休みです。

✴️九月の写真展Image_3

田中長徳写真展 dp PRAHA
会  期 9月16日[金]-25日[日] 11:00-19:00
入場無料 会期中無休
会  場 Island Gallery
     東京都中央区京橋1-5-5 B1
     phone / 03-3517-2125
協  賛 マルマン株式会社 Canson Infinity
     フランス菓子 エリティエ
     EIZO株式会社

トークライブ
9月18日[日] ・22日[木] / 15:00 start
参加自由 入場無料

✴️ビロード革命以来、四半世紀訪問した古都プラハの最終章。
dp PRAHAって何か強豪のサッカーチームのような名前ですが、これは使用したカメラのイニシアルなのです。 / 田中長徳

2016年8月31日 (水)

ニコンサロン1,969年8月31日 TODAY TOKYO 初日

08262016_15 08262016_168月31日日は夏の終わりというだけでなく、私には特別な意味がある。
銀座ニコンサロンで日大の学生として1番最初に個展を開催したのである。

こちらも初めての展覧会なんで結構やる気になって会場内に流すテープは東京の23区の田中という名前の人々の電話番号を読み上げるプログラムをつくった。葉書は大きな赤い文字でTODAY TOKYOというロゴを配置してその背景にはごく細かい片仮名の文字で私の東京に対する質問をを細かく打ち込んだ。

その中にあなたもトライエックスですかという一文があった。これは当時の同世代の連中から結構人気があってその年の東京芸大の芸術祭のパンフレットにそのまま引用引用されたりしたのである。___田中長徳氏に答えて自分もトライXだが、、うんぬんというのである。

思えば五十年前に使っていたのがトライエックスで今も同じものを使っているので進歩がない。カメラもライカでこれも全く進歩がない。

その1969年に撮影した東京のショットを半世紀経過して先週、押上の暗室でプリントしたのである。

リーフリードランダさんと話をした時に自分は撮影してすぐにプリントしない。まず一年は寝かしてからプリントすると言ってたが、撮影から半世紀も寝かしては寝かしすぎであろう。

これはソニービルのエントランスである。このおもいでの場所も壊されて公園になるらしい。

ライカでさっと撮影したので誰も気がつかないな。右の女の子は少なくとも70歳近くになっているはずである。

これが写真の面白さというか写真の怖さというか写真のミラクルということになるのであろう。

2016年8月30日 (火)

美豚

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家人からもう使わないと言うバッグをもらった。
これは1977年にパリの凱旋門近くの店で買ったものである。当時は日本にはこのメーカーの代理店はなかった。

これは私の趣味ではなくて当時のアサヒカメラの編集長の非常にダンディーな紳士がパリに行くついでがあったら買ってきてくれと言うのでいくつかの型番を私の教えたのである。その買い物したついでに自分用に1個買ってきた。

しかし私にはこういう高級なブランドが似合わないので、ライカを下げて自転車に乗って板橋の路地の奥を走っているとガラリとドアが開いて、「ちょっと新聞屋さん……」と言われたことも複数回あった。

その後このバックは家人の所有になってニューヨークに行ったときとか、winに行く時も使っていた。
20歳代から使っていて半世紀も経つと体力が低下してくるのは自然の摂理である。
このバッグが重く感じられるようになったのである。それで私のもとに戻って普段使うカメラバックにした。

このようにライカが1台ゴープロプロもどきが1台、小型三脚と黄色いお財布が入っている。
収納のスペースはあまりないのだがファスナーを開けたままにしておくとトートのように使えるのだ。そうするとかなりいろいろ格納できる。

問題なのはファスナーがYKKではなくフランスのローカルなものが付いているのでジッパーの滑りが悪いことだ。まぁ使い込んでいくうちに慣れるのであろう。

2016年8月29日 (月)

レクタフレックスの正しい使い方

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スタンダードな大きさのiPadと言うのは手に持って操作するにはちょっと大きすぎるではと思っている。初代のiPadができた時は友人の突撃体調がそれを斜めにして使えるイーゼルのようなものを作ってくれた。
それはそれでありがたいが持ち歩くのが面倒である。

それ以来ずっと四年近くiPad miniを使っていて今回第4世代のiPadを中古で買った。これがちょっと傷がついていると言うので13,000円。もちろん使いかっては非常に良い。

注意するべきは初代のiPadの頃はそれを両手に持ってiPadをよじることによってで両手を運動させるiPad体操というのをやっていた。
しかし第4世代のこの個体はいちど落下したことがあるので液晶が若干浮いているのである。
だから余分な力をかけてはいけない。
大体iPadを運動用具にしてはいけないのだ。

今iPadをどう使っているかというと本体を斜めにするのにレクタフレックスのボディーを使っている。

それには鵠沼のブレッソンが作ってくれた手縫いの豪華な革ケースがついている。
そのほうがiPadの背面の摩擦が良いのでこれが1番使いやすい。

仕事を開始するときはについているソ連製のレンズ58ミリを最初に外す。これはつアイスのビオターのコピーなのである。それで細かい作業をするときはそのレンズをルーペがわりにするのだ。作業が終わるとまた元通りにレンズをカメラ本体にねじ込んでおく。

iPadを斜めにする台とルーペなのであるが、その2つを組み合わせるとカメラになるというのは実に不思議だ。

2016年8月28日 (日)

ハッピーキッチン

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メトロの終点に興味があるのでこの春から赤羽岩渕駅で降りずっと南下して十条仲原の崖を登り十条仲原商店街を経由して、王子神谷の駅に行く。
これが基本ルートである。

その間は結構長いルートであるからそれぞれに魅力的なランドマークがある。
このハッピーキッチンは十条の駅のそばにあるのが初めて見たときには驚いた。

プラハにある珍しい建築様式の立体派建築に似ているのである。
仔細に観察してみるとお店のファサードに上がボリュームを持たせた装飾がなされているだけなのであるが、もともと建築様式は表面がどのように感じるかということを第一印象がその建築の属性のポイントになっているということがわかる。

こういう光景に出会ったときの私のカメラアングルも
と言うのはこれも何十年来の伝統芸能のようになっていてわざとカメラのアングルを傾けるのである。撮影中にそのような癖が長年にわたってできてしまったので、これは老人の歩き方の癖と言うのと結構似ているようなところがある。

19世紀末のパリをとり続けた写真家アジエが撮影した1連の建物のファサードがやはり似たような建築のファサードなのである。そういう世紀末の建築物と言うのはもう既にこの世には存在しないものが大部分なので、その視神経の記憶を媒介しているのはやはり写真家の仕事によるものなのである。

歴史的に著名な建築物と言うのは残る可能性が高いが、いやこの極東の日本ではそれすらもあっという間に存在しなくなってしまうが、その背景で写真家が撮影したこれらの名もなき建築物と言うのはやはり写真家の重要な時間軸の上の保存活動と言う事になるのであろう。

2016年8月27日 (土)

偽ゴープロを手に入れた

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ゴープロと言う小さなカメラの普及しているという事は知っていた。
私の周りでこれを最初に使い出したのはマンハッタンの舟原長生さんだと思う。

アマゾンで32gbのマイクロエスディーカードとカードリーダーを買った。そしたら中国製のゴープロもどきなアマゾンのトップに広告されていた。特別プライスがある。値段は3,500円のカードリーダー、カードの値段とほぼ同じである。

それで注文したら翌日の午前中にはアマゾンから送られてきた。こういうプロ用の特殊な目的の機材が考えられないような値段で売られているというのは価格破壊である。
実にありがたいことだ。

カメラはは到着したが同時に注文したマイクロエスディーカードは下のポストの投函になってしまうので下まで行くのがめんどくさい。
ダークルーム作業が押上のアウラ舎てあったのでちょっとそちらにつかまっていた。それで郵便ポストからメモリを取り出したのはその2日後であった。

バイシクルにつけたりヘルメットにつけたりいろいろな使い方ができる部品が20個ぐらいも付いている。これでパッケージのキットが3,300円というのがまず信じられない。

フィルムカメラ時代のアクションカメラで1番使われたのはアメリカが空中戦の記録に使っていたときの偵察カメラ🌟GSAPである。これは50フィートのマガジンが簡単に装填できるものであるが、撮影時間は1分ぐらいしかない。それをヘルメットにつけてパラシュートで降下したりなどしていたのだ。
しかし撮影時間が短いからなかなかシャッターチャンスが難しかったと思う。

早速テストしてみたらよく映る。これなら普通のデジタルビデオカメラは必要ないと思った。こういう価格のカメラがどんどん出てくるから価格破壊でカメラ産業はどんどん大波にやられてしまうわけだ。

1,980年代にwinで世紀末建築を撮影しているときに、NHKのハイビジョンカメラというのが取材に来ていた。冷凍車位の大きな車があってそこからケーブルを引っ張り出してそのケーブルについているのはハイビジョンカメラである。

だから車からケーブル全部でないと撮影ができない。
大変な進化というほかはない。

ただし、私の場合同時に80年前のライカで撮影をしているわけだか5、これは何と言うのか文武両道ではなくて、デジアナ両道ですね。

とりあえず9月にはアイランドギャラリーでのプラハのトークショー二度やるのでこれで収録をしてみようと思う。というのもやっつけの思いつきでトークをやっているのでその時に結構人の悪口とか面白い話をしているのである。
この偽ゴープロが私のトークをサポートしてくれるであろう。

2016年8月26日 (金)

花は一輪

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マンションの中庭の池はこの数年来手入れがされすぎて何も水生植物はなかった。マネージメントが交代したのであろうか。
最近はぼつぼつ水生植物が見られるようになった。

10年以上前にあった名前を知らない睡蓮の一種がなかなか良い感じであった。見事な睡蓮とか立派な蓮の花は嫌いであってみすぼらしいのが良い。

花はすがれたのがいい。

種田山頭火の日記を愛読しているが、そこら辺の野の花を1輪だけ取ってきて適当な器にさして自然と花との存在を楽しんでいる。
山頭火のそこら辺は好きなのだが、嫌いなのは彼があまりにも人間好きであるという点だ。人間好きと言うのは入が人生の第一であると考える人々である。私は稲垣タルホ直伝の非人間ラインを擁護しているのでまず人間よりも人のいない風景が好きだ。

しかもあたしは猫と同じで子供嫌いなので、自分の写真の中で子供が、これは学校の登下校のガキであるがそいつらへのカメラの角度距離というのは微妙な距離感がある。
人間よりももの、物より風景で、そして風景よりもその空間のアピアランスが好きなのだ。

花に駆け寄る人、と言うのは私の極めて否定的な短いフレーズであって、例えばワークショップで10人ほどで撮影に行くとその中に必ずいきなり路傍の花に駆け寄ってそれをクローズアップで撮る人がいるのである。表現の自由であるとは言いながらなかなか理解しがたい。
そういう人は花はクローズアップで撮るだけで周りの環境をうつさない。そして花の美しさを1人でも多くの人に理解してもらえれば、、、などと言っている。
これでは三流芸能人の記者会見だな。

花はその周辺の環境をうまく活かしてこそその花の存在感があると言うのがあたしの考えだ。だからロバートフランクとかリーフリードランダーとか東松照明の花が好きだが、アマチュアさんの撮る花のクローズアップが嫌いである。

中庭の蓮の端がいい具合にスタンドアローンでその周辺の空気がうまく映り込んでいると思う。花は多数ではなくて1つに限る。パリでモネの睡蓮の部屋の真ん中に座って、私はそこに三十秒も座っていることができなかった。
つまり「偉大な芸術」には最初から関係のない輩なのである。

2016年8月25日 (木)

偽アインシュタイン塔

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ベルリン近郊のポツダムにあるアインシュタイン塔を実際に見た人は少ないだろう。
奇妙な天文台のドームなのである。
しかも天文台の敷地の奥にあるから外からはその姿を見ることができない。
1979年の夏であったか北井一夫さんの手伝いでドイツ表現派建築の撮影をしてヨーロッパじゅうを旅したことがある。

ポツダムの天文台の入り口で来意を告げたら撮影許可が必要だと言う。
それでも敷地内を案内してもらって塔は見せてもらった。それから半年後だから翌年の2月ごろに雪の中を再訪した。ここら辺が取材と言う物の息の長さなのである。

アインシュタインはカメリア好きであってライカの特殊なモデルもライカ社からもらったりしているし、レンズ設計会社のハインツキルフィットは親友だった。アインシュタインの研究のコロナスペクトルグラフの超望遠カメラはキルフィットに設計を依頼している。
その青写真が私の手元にある。

アインシュタイン塔はあまりにも個性的な建築物であるが、東京の四谷の我楽多やの近所、自衛隊があるすぐ近くにアインシュタインに非常によく似た建築物があるので時々見に行く。
それがこれである。
ブラウンに塗られているが本物は白である。しかしその巻貝のような感じが非常に似ている。
仔細に観察すると何の事は無い。これは建物の外階段の螺旋状の部分を覆ったカバーなのである。

今更ですがカメラはキエフ。レンズはジュピター35mm。

2016年8月24日 (水)

冬景色

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これは1973年の冬のウイーンの光景である。実際にウイーンにに行ったのは73年5月11日、つまり初夏である。だから最初の雪はその歳の暮れか、あるいは翌年74年度始めということになる。

住んでいたアパートはドナウ運河のそば環状線の駅でフリーデンスブリュッケと言うところから歩いて5分位だった。ただしその駅はドナウ運河の西側にある。私の住まいは川を越えた東側だから必ずあるかなければならない。
そこで7年の年月をすごしたわけだが住み始めた頃はまだガス灯が遊歩道に残っていた。それが非常に時代を感じさせた。ただし実際にともっていたのではない。

当時のネガファイルを見るとだからアパートから最寄りの駅までは必然的にたくさん撮影している。これもそのうちのワンカットである。思うにカメラがソ連製のコンタックスでレンズは当然のことながらジュピター50ミリがついていた。
あちこちに書き古るしたことだがライカとキエフで同じ5センチのレンズをつけてそれを四つ切りに引き伸ばしたのをプロの写真家に見せたら彼はどちらがどっちかが全くわからなかった。その意味でソ連製レンズが非常に優秀である。ライカにつけていたレンズはズミクロンの50ミリだった。

当時は非常に寒くてマイナス二十度位まで行ったものであった。このようなみぞれ混じりの天候が実は1番寒いのである。雪が降ってしまうと体感的にはやや暖かく感じる。

当時の撮影はソ連製のレンズ50ミリそして35…28ミリであった。考えてみるとあれから40年以上経過したのに今でも使っているカメラはそしてレンズは全く同じでのである。
全く進歩がないと言えないこともない。

2016年8月23日 (火)

ニコンで気分だけ十九歳

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若い頃はニコンとニッコールのカタログの撮影を担当していたわけだ。私が手に入れた広角レンズは2.1センチのf4のやつでミラーアップしてレンズの後をカメラの中に突っ込むモデルである。
それはあまりにも時代遅れと言うので、レトロフォーカスの 20ミリのレンズが出た。

レンズの直径が72もあってなかなかカッコ良いレンズだった。当時のいわゆる20ミリのレンズはカールツアイスイエナ20ミリもそうだが第一面のレンズが非常に大きい。
それが光学レンズのダイナミズムと言うものであった。

winに住んでいた7年半の間に友人のカメラ好きがこのレンズを持っていたので借りて使ったこともある。あたしにとって超広角レンズはミラーアップして使うのが当たり前だからファインダーで直接見れるのは何か変な感じだった。
しかも歪曲があるのだ。当時の設定技術では陣笠型ののディストーションが出るのはこれはレンズの運命と言うものだった。

このレンズはレンズ構成が11枚。豪華版である。実に半世紀ぶりにこのレンズを手に入れた。若い頃に比べてこのレンズの描写はディストーションが少ないように思えたのは、私がレンズの収差にに対してぼけているというか優しくなっている星である。

早速使ってみた。
レンズがでかいからバランスが悪い。我楽多屋さんに行ってまず最初に72ミリの保護用のフィルターを買った。

その翌日にこのレンズで赤羽の撮影をしているときにネックストラップが具合が悪くなったのでまた我楽多屋さんに行ってニコンの黄色い幅広のストラップを買った。
さて帰ろうとするときにこの小型卓上三脚が目についたのである。

卓上三脚の脚の部分もちゃんと金属が使ってるのは凄い。高級感があるのでどこのブランドかと思ったらこれがヤシカなのであった。半世紀前にヤシカエレクトロ35と言う当時としては画期的な自動カメラがあってそれ用の卓上三脚なのである。

昔はライツの卓上三脚を使っていたのだが、あれは重過ぎるのである。だから取り回しが悪い。それに比べるとヤシカの卓上三脚は全体のバランスが取れているのでいいと思う。

2016年8月22日 (月)

コーワswの何が珍しいかと言うと

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コーワswは東京オリンピックの時に発売されたカメラであるから半世紀以上が経過している。今でこそ28ミリ月の専用35ミリカメラは珍しくないが、当時は35ミリの広角レンズをつけるのがワイドカメラの標準だったから実に画期的であった。

カメラ雑誌の広告で松田ニ三男さんがモノクロ見開きで広告写真を撮っていたが野球少年がグラブを広げているのを接近して撮影した不思議な写真であった。
要するに写真家も当時は「超広角28ミリ」の使い方がわからなかったものらしい。
ケプラー式の明るいファインダーを備えたスナップ撮影専用機である。

今まで20台以上のカメラを手にしていたがいつも共通の問題点があった。それはシャッターの2段オチなのである。
撮影しようかどうしようかと迷っている時に写真家はシャッターボタンを半分押してして待機するものである。ところがこのカメラは半分押すと巻上げが解除されてしまってとらないうちに巻き上げることができてしまうのだ。
これは非常に困る。だからこのカメラを使うときにはスナップ撮影では不用意にシャッターボタンに指をかけないというのがこの何十年も私のこのカメラの使い方の基本的なルーチンであった。

今回、手に入れた同じ形のカメラは最初にチェックしたときにシャッターの2段オチがないので非常にびっくりした。私が今まで手にしてきたすべてのこのカメラは二段落ちなのである。このカメラを使わなくなった理由というのがシャッターの2段オチだったからだ。

そのような理由で今度は20台目にしてようやく使えるような気持ちになってきた。

«ベルリンの地下鉄の窓の風景

ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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