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2018年7月20日 (金)

東京ニコン日記 アルフレッドシティーグリッツを真似る

アルフレッドシティーグリッツを真似るPhoto


日本デザインセンター時代にはトヨタの車を磨いたりニコンエフのカタログ撮影の時にシャッタースピード125分の1しぼりf5.6シンクロターミナルはエックス接点にしていたのだがそればっかりやっていたのではない。

日本デザインセンターは資料を収集すると言う観点から写真集も非常に揃えてあった。それを週末には借り出して偉大な写真家連中の仕事を勉強したのである。日本デザインセンターの3年間の収穫と言うのはまさにそれであった。

アルフレッドシティーグリッツが上さんのジョージアオキーフの手を撮影した名作がある。思いついて家人にモデルを頼んで同じようなことをやってみてこれは面白かった。

ジョージアオキーフの仕事を私は別に評価しない。その理由と言うのは晩年になって彼女が岡倉天心の茶の本レベルに心すいしてそこに東洋の神秘を見たような気になっていたからだ。

私もあっちこっちの外国のいわゆる文化人さんに会ってそれぞれの皆さんのことを尊敬しているのであるがことお茶の話が天心の茶の本になってくると天真爛漫な人だなと思ってしまってそれ以上の話がしたくなるところがある。

偽書である南方録を読んだほうがよほど良いと思う。😎これは東京ニコン日記の500枚のプリントのうちの1つ。

始発の日本航空であべのハルカスをはるかに見る

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羽田発6時30分の伊丹行きは会社員で満員である。ほとんどの人が寝ているようである。私も始発のメトロに飛び乗って羽田にきたがえらい苦労をした。もっとも私の具合は8時半から打ち合わせがあると言うわけではない。
この時間帯の飛行機が1番値段が安いと言うだけの話だ。数年前も同じようなことをやって7時半には伊丹空港に着いてしまった。天王寺についてやることがないので動物園に入った。やはり非常に暑い日であった。

飛行機がファイナルアプローチに向かって高さを下げていくとあべのハルカスが見える。飛行機の高さからから見ればずいぶん低いビルである。
今回の大阪行きでもあべのハルカスの前をずいぶん行ったり来たりした。呼び込みの録音が日本で1番高い地上300メートルうんぬんと言っている。こういうのは通俗の極みだな。
エンパイアステートビルでもツインタワーでもそうであったが高い場所からのオブザベーションで儲けようと言うのは何か卑劣な観光手段と言う気がするのである。

その意味で難波の通天閣はフェアに戦っていると思います。

2018年7月19日 (木)

エアバス350-1000が来日

エアバス350-1000が来日
ベトナム航空のハノイ行きの機材がエアバス350-900である。非常に安定した乗りやすい飛行機だ。そのストレスボディー1000があったが最近来日したようである。
エアバスのコクピットに入ってオブザベーションシートに座ってオーストリアウィーンの空港に着陸する体験をしたのは25年ぐらい前の話だ。機材はまだ大昔のエアバス300であった。モスクワ発してwinに着陸するのである。左席のパイロットが指導教官であっていろいろ教えてくれた。その時の話では次のモデルのエアバス310からは操縦桿がなくなってジョイスティックになる4テーブルが目の前に出るようになるので食事もしやすくなると説明してくれた。

コックピットの食事と言うのは同時にいろいろなことをこなさなければならないので手元が狂って膝にコーヒーをぶちまけたりすることがある。であるからキャビンアテンダントはコーヒーカップを2つ重ねたりいろいろ苦労が多い。

思い出すといろいろ面白いのであるがファイナルアプローチに入った時キャプテンはパワーシートを操作して前かがみの姿勢をとった。バイザーこそ下ろさないが目は完全にディスプレイのほうに行っている。
計器飛行であるからそれで良いのであるが素人の私から見ると何か心配だ。角を曲がったところからチャリンコでくわえタバコでスポーツ新聞を読みながらおじさんが出てくるんではないかと余計な心配をするのである。Img_7880


2018年7月18日 (水)

東京Nikon日記のプリントに500枚署名をする

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猛暑の火曜日の午後に午後2時から午後10時まで東京ニコン日記のプリントに中野のギャラリー冬青でサインをした。 1人で8時間これをやっているととんでもない作業になるが高橋社長が向いに座っていていろいろなお話をしてくださったので8時間が4時間ぐらいに感じられて助かった。500枚のサインをすると体がオートマチックに動くようになるから
話をしながらでもサインができるようになる。

500枚以上のプリントは私はみかん箱に入れていたのであるがまさかそのままコレクションに納入するわけにはいかないのでギャラリー冬青ではちゃんとしたボックスを用意するそうである。
まずは商品なのであるからそれは当然なのかもしれない。思えば20年以上前にプリントした写真がようやく片付いたわけであって肩の荷が降りたような気もするし寂しい気もする。くだんの500枚以上のプリントはいつも仕事場のすぐ持ち出せるところに置いてあったので納品するときに探すと言う必要はなかった。5秒で発見できたのである。私としては上出来だ。

東京ニコン日記と言うのは800ページ近い新書版の写真集でちょうど20年前の6月1日の写真の日に発行された。私の最も好きな写真集の1つであってサイン会等でこれにサインを求めてくる人を私は信用しているのである。カメラ本などよりずっと上のクラスと言うわけだ。この新書版が予告編でやって本編を出す予定だったのだがその後に岩波書店から出した写真集は教科書のような感じになってしまったんで先に程遠い。だからいずれ本編を出そうと思う。

2018年7月17日 (火)

小笠原エアラインはATRらしい

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日本で1番遠い島小笠原に飛行機が就航するらしい。その飛行機はATRらしい。私は短距離を連絡するターボプロップが大好きなのだ。そこにはサンテグジュペリ時代のアビエーションの冒険がまだ感じられるからである。

ATRはプラハからベルリンに行く時にチェコ航空のやつをよく使った。その飛行機がこれである。この間のディエンビエンフーに行った時もハノイディエンビエンフーの間はATRであった。

この飛行機は後に搭乗口がある。ワンクラス制だと問題はないが2クラスだと後がビジネスクラスで前がエコノミークラスと言うあべこべなシーティングになる。

せっかちなビジネスマンは先に飛行機から降りると言う変なルールがあるからそういう座席になったと見える。巡航高度も低いし眺めが非常に良い。
ATRのホームページを見ていたら競合他社に比べて比較にならないほど運行コストが安いと言うのをセールスポイントにしている。ほんとにそうなのかな?
エンジンは非常に音が大きいし何か燃料垂れ流しにしているような感じがするのは私のような素人の勘違いすることなのあろうか。

2018年7月16日 (月)

スーパー玉出の295円の海鮮丼

回転寿司からすきやばし次郎まで世界中の寿司屋の体験はあるにしても結論から言えば寿司のうまいまずいはその価格には関係ないようである。

西成のスーパー玉出で発見した 海鮮丼が非常にレベルが高かった。レンズに例えて言えばアポ頭ミクロンよりもジュピターが優秀であると言うと言うことに気づいたときの喜びと同様である。

価格が価格のお勤め品であるからしてたいした材料は使ってない貧弱な丼なのであるがシャリの作り方が非常にうまいので価格の3倍位の味がするのだ。あいりん地区の文化程度が高いことがこういうことからもよくわかる。これが今回の大阪行きの最大の成果であった。最悪のポイントは富田林あたりの名物の熱中症をもらってきたこと。
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2018年7月15日 (日)

スーパー玉出のチラシがいい

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大阪の駅で玉出と言うところがある。その玉出からじゃんじゃん横丁を経て天王寺まで歩くのが好きだ。
このチラシはいつもダウンロードで見ているのであるがポップアート的な存在感があって好きなのである。

玉出から天王寺までは結構な長丁場であるから買い物はスキップしてじゃんじゃん横丁の玉出で買い物をする。その右側が酒屋さんであって私私が缶ビール麦酒のを飲んでいたらそこに派手な衣装のおっちゃんが真新しい自転車で乗りつけた。
なんや新太郎も誰もきとらへん
と言うのである。
それでそのおっちゃんの話し相手が私になった。

うどんが1円などと言うのもエクセントリックだがかい方のルールがいろいろあるようである。

2018年7月14日 (土)

指を切らないコンビーフ

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26ヶ月ぶりの大阪である。大学の写真作家論ではロバートキャパとダグラスダンカンの話をした。キャパとダンカンは実は歳は1つ違いなのだ。キャパは40歳で亡くなりダンカンは102歳まで生きたのだ。

昨年昇天した山崎博と田原桂一の話をした。若くしてKhmer Rougeにやられた一之瀬の話もした。

前の晩は私がFacebookで興味を持っている大阪の写真家奥野さんと花野はんで突撃写真論をやった。その時におつまみに登場したのがこの新型のコンビーフである。クラブエダムがあった頃はよく食べた。ライカの父親の本部長が缶詰を開けるときに誤って手を切って流れ出た血をを舐めながら酒を飲んでいるのを見て私はそこに葉隠の本質を見る思いがした。

それはいいが本部長が先に帰って直後にクラブエダムの前を救急車が通って行った。まさか本部長が怪我したんじゃないよねなどと冗談を言っていたら本部長は月島駅の階段で転げて額をきって救急搬送されたのである。

あれ以来ニューコンビーフは食べていないから。4年になるのだ。この会社も怪我をする人が多いのでついにワンタッチで開けられるプラスチック製コンビーフをするに至ったようである。

2018年7月13日 (金)

じゃんじゃん横丁150円のかけうどん

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大阪を最初に取るようになったのは1985年のことだ。8 × 10の大型カメラで大阪の近代建築を撮影したのである。その時撮影した建築物はすでに40数年経っているから跡形もない。日大写真学科の1年後輩の木村くんにお願いして赤いフォルクスワーゲンで大阪を走りまわった。
あれは何と言ったか長堀の広い通りの真ん中にある緑地帯で撮影済のフィルムホルダーをたくさん忘れてきてしまって慌てて取りに帰ったこともあった。

じゃんじゃん横丁の辺は1985年にはなかなか怖いところであって大型カメラをセットするにも神経を使った。

その後私はチェコのビロード革命に興味を持って何十年もチェコのプラハに行っていたので大阪はご無沙汰になってしまった。それが10数年前に大阪芸術大学と関係ができたのでまた行くようになった。
じゃんじゃん横丁のノースエンドにある松葉とか言う名前のうどん屋のかけうどんが好きなのである。
以前は150円であったが今では10円値上げして160円だ。こういうのはうまいとかまずいとか言う以前にそれを食べに行くと言うことが旅の目的になるのである。

そこに食べに行くお兄ちゃんとかおっちゃんはスタミナをつけようと言うのでうどんの上にいろいろ天ぷらとか載せているのである。これが難波の基本的なエネルギー補給に関する法則と言うものであろう。私はそーゆー注文はしないか脇で見ているのは好きだ。

2018年7月12日 (木)

木陰のワークショップは素晴らしかったがちょっと痒かった

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昨年の9月にスタートしたブラパチワークショップであるが8月はお休み。その前の最後のワークショップが小石川植物園であって深い木立の緑の影の下でやっていたら40年前のザルツブルグカレッジインターナショナルフォトグラフィーワークショップを思い出した。

マサチューセッツ工科大学の学生連中は理工系だとばかり思っていたら写真も結構うまいので感心した。日本からの参加メンバーでは後に頭角を現す吉村がいた。

ワークショップの場所はサウンド・オブ・ミュージックの映画舞台にもなった広い芝生の庭であって目の前が湖であってその先にアドルフヒトラーの山荘があった。

でもザルツブルグのお庭の樹木と言うのはそんなに大きくはなかった。それに対して小石川植物園の場合は樹齢何百年と思われる楠である。
自分の視界に車や人やホンダのバイクが見えないと言うのは快適である。問題なのはちょっと考えたので帰りと言うことぐらいだ。四半世紀前に出した初期のDVDでライカのタイトルを出したのだがこれは9,800円もするのによく売れた。その番組の収録で赤瀬川さんと坂崎幸之助さんにおいで願って対談をしたのである。蓼科の別荘で撮影となっているが本当は東京の恵比寿あたりなのだ。撮影を開始したらものすごくやぶ蚊がやってきたが赤瀬川さんも坂崎さんもプロだから本番前はヤブ蚊を叩いたりしているのにカメラがまるとさっとそれを止めて涼しい顔をしている。プロ根性と言うので私はとても感心した。

«Icocaと大阪の1日乗車券

ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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