

気まぐれでヒルズから佃地方に歩いて戻ってくることがある。
そのルートには幾つかあるが、普通は溜め池まで行って新橋から銀座中央通りを四丁目まで行って勝ち鬨橋を渡って、エダムで一杯やってもどる。
この前はややルートを変えて、芝公園の中、東京タワーをかすめてから汐留カレッタを突っ切った。
ここが再開発されるとき、汐留駅の跡地を延々と文物調査をしていて、その大地との格闘はなかなか良かった。フェンス越しにマミヤワイドにモノクロを入れたので撮影したのはもう20年ではきかない昔であろう。
カレッタが完成してから、黒川さんの中銀カプセルタワーを「銀座八丁庵」としてそこで二年以上も温泉に入ったり、金屏風の影で昼寝したりした。思えばいい時代だった。ここは佃地方とヒルズ地方の直線の真ん中にある。あそこは東側がA塔で西がB塔だった。あたしの部屋はB1006だった。
窓から視ると、まさにスカイスクレーパーであった。真冬などは暖房の蒸気が雲のようにナチ上がるのがまるでミニマンハッタンであった。
その直後に汐留に住もうと思って、家人と物件を探しに行った。ちょうど話題になっていた、ツインタワーを見に行った。そこは高速道路の脇で、部屋のドアを閉めておけば静寂であるが、一端開けるとかなり賑やかである。
家人が反対したのは、近所に食品店がまったくないことだった。家人の観察は冷静だから、タワーマンションに入って行く住人がさげているスーパーの袋に注目したわけである。
思えば、ウイーンでもマンハッタンでもプラハでも食品市場は徒歩5分以内にある。これが交通機関を使って、食品を買いに行くのは毎日の生活だから感心しない。
しかしあたしが汐留に住むのを止めたのはそのタワーの南にあるイタリア公園がその理由だった。というのはイタリアの公園の愉快なパロデイであると感心していたら、実はそうではなく、どうも「本物のイタリア公園」としてこれが制作されているらしいことだった。
以前、赤瀬川さんが路上観察学のNHKの番組に出て、路上観察の話をしたら局のスタッフが笑っていて、それを赤瀬川さんは最初は自分の話が面白いので笑っているのかと思ったら、そうではなく赤瀬川さんの様子が滑稽なので笑っていることが判明してしらけた逸話を書いていた。
その反対方向とでも言える状況がこのイタリア公園だ、あたしは向こうのイタリア公園の退屈さを皮肉ったのかと思ったらどうも「マジ」なのである。
ちょうど最近のライカ社製のライカを「伝統のドイツのマイスター魂の結晶」とかつあいすレンズを「ドイツローマン派の光の芸術」というような人が一部にまだ居るとしたらその滑稽さにこれは酷似している。
久しぶり、実に8年ぶりに汐留界隈を通過して佃に戻ったのであるが、かつてそのタワーマンションを視た時に、その北側に建設中だった黒いビルはすでに出来上がって、その一部が高級ビジネスホテルになっていた。
新しいモノ好きなのでそこにエクゼクテイブルームに一泊した。特に感想はないが、この「偽コンラッド」の朝食の納豆はうまい。
イタリア街というのは、あたしの経験からしても、これは本物のイタリアのどっかの街ではなく、マンハッタンのリトル伊太利を真似したのだと理解すれば良い。この列柱の建物などは、ゆえにマンハッタンのキャストアイアン(これも立派な文化遺産)を真似したもののようである。