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ロック ユー

2017年3月22日 (水)

鼻の黒い犬のような135ミリレンズが好き

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友達がメンションしてくれたウェブサイトで60年代から70年代の外国の有名人がニコンを持っている1連の画像を楽しく見た。
朝鮮戦争の時にデビットダグラスダンカンがこれから前線に行こうと言う前に東京でいちどに7台のライカを買ったと言うのでアメリカ人はお金持ちと言う印象があった。

それから時代が20年近く下ってもやはり外国人はお金持ちであって高いニコンを自由に使っている。

彼らの使っているニコンのレンズを見ると案外と望遠レンズが多い。
もっともこの種類の写真は随行しているパパラッチが大女優にちょっと自分の使っているカメラ思ってもらって撮影したと言うこともあり得るから注意を要する。

135ミリのレンズと言うのはデビットダグラスダンカンが朝鮮戦争を取材に行く時に持参したのが5センチのニッコールと13.5センチのニコールなのである。要するに戦争写真を撮る基本のレンズがこれなのだ。

だから135ミリは重要なレンズである。
1,970年代の初頭にカメラ毎日の編集部の後に編集長となった山岸さんは影響力のある編集者で俗に山岸天皇と呼ばれていた。
その山岸さんから聞いた言葉だが、先週高梨豊さんが来て135ミリのレンズが面白いと言っていたがそんなことは俺は関係ねえーーと啖呵を切っていらした。

私は高梨さんの135ミリレンズの面白さkと言うのはわかるがトップクラスの編集者であってもそういう写真家同士がわかる息遣いと言うのは理解していないようだ。というよりそれを理解したらもはや編集者ではなくなってしまう。

135ミリのニッコールレンズの一眼ようでやはり明るさがf3,5がベストである。明るさが2.8のレンズは大きくなるし、さらに明るさがf2では大きすぎてピントのずれたアマチュアさんの女性ポートレート撮影レンズになってしまう。

135ミリのレンズで初期型が私は好きなのだが、それもレンズ存在の理想としてはものすごく使い込んでいてグリスが切れていてスカスカの状態のやつが1番良い。

そういうふうに40年代信じてきたのだが、最近手に入れたこの135ミリのレンズはそれとはちょっと趣が違う。このバージョンがレアかどうかは知らないが、このレンズが1番前の枠までがブラック加工されているやつだ。

何か鼻の黒い犬という感じがしてそれがかわいい。マルチコーティングだから結構後期に作られたレンズであると思われる。

2017年3月21日 (火)

ニッコールの初期モデルの20センチのレンズフードについているポチがわからん

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小学校の3年生か4年生の頃に冬の日光に父親といったのである。その時は私はペンタックスを使っていた。

華厳の滝は凍っていた。東照宮の眠り猫の前でペンタックスで写真を撮っていたらどっかのおじさんがやってきてボストンバッグから出したのがクロームのニコンエフとニッコールの20センチなのである。それがすごくかっこいいと思った。
大人になったらああいうカメラとレンズが欲しいと思った。それで今そのようになってさらに何十年も経過しているのである。


眠り猫の前で外人の観光客が父に何か英語で聞いていた。父はおぼつかない英語でそれに対応していた。私が父親の英語を聞いたのは前後この1回だけである。
それでも何とか意味は通じたようであった。


ニッコール20センチの伸縮式のレンズフードの表面についている銀色のポチが何十年来の謎である。
レンズフード伸ばしたときのロックボタンなのかと思ったがそんなロックは付いていない。

デザイン上のアクセントとしてこのポチをつけたとしか考えられないのである。
40年近く前アメリカのモダンフォトグラフィーの特派員をしていた時に当時のニコンのトップクラスの人と会食する機会があった。

私はこれは絶好の機会だと思ってくだんの20センチのポチについて質問をしたのがやはり会社のトップもよくわからないようであった。

でも私の好きなレンズにそのようなそれが何であるのかわからないようなものがついていると言うのは、それなりに楽しみなものなのである。

CT70計画 雪のザルツブルグ

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CT70計画
6月10日土曜日の午後5時から四谷のJALシティーホテルであたしの写真家生活50周年のイベントである。

大昔に日大写真学科の渡辺義夫先生が、これはやはり写真家生活半世紀であったと思われるが、そのパーティーを帝国ホテルの大広間で開いた。
われわれは皆まだひよっこであるからいっか所に若い連中は固まっていた。

そのひよっこのメンバーが篠山紀信さんとか大倉瞬ニさんとかさらにくだって、あたしなのだからいかに大昔であるかがわかる。
その会費の30,000円の調達は苦労体験だった。
これは当時の日本写真家協会の年会費とほぼ同じなのである。

地球が何十回か空回りして、今度は私の番になったと言うわけだが、こっちの方は会費は安いので皆さんおいでいただきたい。
といっても定員は40名様なのである。そこで特製の写真集をお土産で差し上げると言う仕組みである。
そのプリントは私が注目している写真家加納満さんが担当してくれる。だから私のプリントよりずっときれいなはずである。これも楽しみだ。

これは1,970年代半ばに撮影されたと思われる、ザルツブルグの雪景色だ。
真ん中の山がザルツブルグのお城であって、私が立っているとこはホーヘンザルツブルグと言うお城でそこにザルツブルグカレッジがあった。
映画サウンドオブミュージックの撮影の舞台になった場所であるが私は映画は見たことがない。

ザルツブルグの旧市街からザルツブルグカレッジに来るのに地上の道を通ると結構遠回りなのである。それで私は若かったからザルツブルグの旧市街つまりゲトライデマルクトから祝典歌劇場の脇の急な坂をお城の上まで登るのである。
そこから急な石段を下で降りた平原がここと言うわけだ。

一面の雪景色というのが私には非常に珍しくてほんとにこんなところにいたのだろうかと、未だに半信半疑である。しかもそこにステッキをついたいかにも映画の主役級のしとがこちらに向かって歩いて来るである。

写真と言うのは夢を定着したものでは無いかと本気で考えてしまう。

でも当時使っていたカメラはソ連製のコンタックスであるキエフと、ソ連製のオリオンと言う名前の28ミリの広角レンズであった。
後年、ザルツブルグカレッジで日本からやってきた吉村朗が興味を示したので彼の持っていたミノルタと キエフを交換したこともあった。
吉村はそのキエフで彼の優れた1連の作品を撮影したのも記憶に残る次第である。


2017年3月20日 (月)

パリで写真をめくるベレー帽のしとが

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パリのギャラリーでの写真展が接近してきた。同時展示の中藤さんは家族ぐるみでパリにいかれるそうである。ファミリーパパは偉いなと思う。アパルトマンもパリにに用意したそうだ。

プロモーションようにインビトウィーンギャラリーのルイジがアップした短い映像がなかなか良い。これがそれだ。

どなたかは知らないがメガネをかけたベレー帽の男性が私のプリントを見ている。短いフランス語のメッセージも録音されている。

モノクロの映像なので何かフランスレジスタンスの映画を見ているようである。

ベレー帽に私が反感を感じているのはベトナム戦争時代に大量虐殺をしたアメリカのグリーンベレーの連中がいた。これはネガティブである。日本だと何か文化人志向の人がベレー帽被ると言う風潮が大昔にあった。これもいただけない。

このベレー帽の人がそういうベレー帽の私のネガティブなイメージを一掃してくれた。そこが良い。

映像には音声が付いているのでギャラリーストとのやりとりのようなものがあってフランス映画の1部を見ているようだ。ここら辺が我々のコンプレックスですね。映画はやっぱりフランスで 言葉はフランス語でないといけないというわけだ。しかし宗主国であったフランスに対してベトナムはそのようなコンプレックスは無いであろう。
ベトナムにとってフランスは戦うべき相手なのだ。デイエンビエンフーを見ればそれがよくわかる。

ベレー帽の男性の写真のめくり方が我々極東とちょっと違うのも面白い。
裏返しにしたプリントを正面に据えるのである。

写っているのは1966年当時の羽田空港である。ボーイングの727である。この後の搭乗口から五木寛之さんが乗るところを高梨豊さんが撮影した。

写真をめくっているパリジャンは私には何となくロベルドアノーのように見える。そこら辺もパリが写真文化国であることがわかる。

2017年3月18日 (土)

CT70計画1 老人の花束

Pict0262CT70計画というものが発足した。

私の70歳になった今年を写真家としてスタートした半世紀というふうに捉えて、周囲で何かやろうということになった。 それの第一回の打ち合わせが昨日木曜日の夜にあった。
準備委員会のメンバーはガラクタ屋二代目さん、らあぱぱ本部長さん、そして写真家の加納満さんである。 内容はすでに決定して6月の10日土曜日午後5時から四谷のホテルJALシティーで勇士を集めて私のトークもちょっとやって飲食して未発表のwinの70年代のモノクロの写真集をお渡ししてシャンシャンというわけである。
詳しいことはこのブログそして我楽多屋さんのホームページなどで告知するのでみなさんぜひお集まりいただきたい。 生前葬のつもりだぞ。 CT70最高幹部会いうのは大げさだが、このトライアングル3人衆にウイン時代の未発表のモノクロ作品を所望された。
しかもありがたいことに私が注目している写真家加納満さんがプリントをしてくださるそうだ。 それで大昔桑原甲子雄先生の写真展のプリントを荒木さんがしたことを思い出した。世代が巡るというやつであろう。 そのプリントはこの夏にギャラリーニエプスで展示するという計画もあって出版する写真集のイントロは中藤さんがが書いてくれると言うことになった。 まことにありがたい次第である。
それで大急ぎで大きなトランクの中からウィーン時代のネガを一掴みつかみ出して、それを宅配便で送った。これは実にアトランダムな作業であってそこには私の意思は働いていないのだ。 私の写真のセレクションはそれがポイントであって今回のパリの東京1966の写真展でもネガは意図的に選んでいない。私の体が無意識につかみ出したネガからセレクトした作品シリーズと言うことになる。 50枚と思っていたが数えてみたらネガの数は43枚だった。まあそれはそれでよい。 だから私がここにアップした写真がそのまま写真集に掲載されるという訳では無い。
それで 1回目は既に撮影したことも完全に忘れていた初老の男性が大きな花束を抱えているショットである。ロバートフランクの戦後のパリ滞在の作品で無名戦士の墓に花束を捧げる数人の男性の作品をちょっと思い出したのである。 若い男性が花を持っていると恋愛関係のベクトルが感じられて微笑ましいが、中年以降の男性が花束を抱えていると無名戦士の墓に詣でるレジスタンスという感じがしてまた別の趣がある。
若い男性の花束は個別な異性への愛情であるが、老人の持つ花束は人類全体への愛ということであろうか。

2017年3月17日 (金)

😎お知らせ❤️

次回のチョートクカメラ塾は3月22日水曜日の配信です。
テーマは

チョートクカメラ塾2017032

デジタルカメラのフォーマットの選び方とアナログカメラのフォーマットの選び方は本質はかなり違う

遊ぶムービー 使うムービー

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マンハッタンの怪人調整さんによると「ダブル8をドアストッパーにしないための市民の会」というのをフェイスブックに作ってもうすぐ半年になるそうだ。

完璧なプロフェッショナルで最先端の仕事をしていた調整さんがいきなり70年も時代が昔のダブル8の優雅さに気がついて、しかもそれで作品を作ろうと燃えているのにはびっくりした。

それで目下大雪の警報が出ていたニューヨークで撮影中のダブルエイトのカメラを構えた調整さんの勇姿がこれなのである。
調整さんがすごいのは実際にダブル8を各種テストをしてようやくキヤノンのカメラに行き着いたという点にある。

私などはめんどくさがり屋なので手元にダブル8がたくさん集まってきたが、それは部屋の中でスプリングを巻き上げてカメラを回転させて遊ぶためのおもちゃなのである。
実際にはオリンパスの数年遅れのデジタルカメラをムービーモードにしてムービーカメラ専用機として使っているのだ。これはなかなか面白い。

初期の手回し式の35ミリの標準映画撮影機の場合メジャーなレンズは50ミリのテッサであった。これは4マイ構成だから私が今使っている3枚玉のトリプレットと言うのは映画撮影機も歴史でもそれほど例がないのかもしれない。

そして不思議な描写をするのである。

メトロのパリ フォカフレックスのパリ

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1,970年代はwinに住んでいた。
それで私はアジエの信奉者であったから、時々木製の大型カメラと木製の東ドイツ製三脚を持ってwinの西駅から夜行列車に乗ってパリに行った。

パリでの定宿がパリの五区のムフタール街であった。ムッシュイヘイキムラがよくとっていた下町である。 1泊23フランの安宿であるが今思うと何か懐かしい。

ホテルの近くにいつも行くカフェがあって撮影の行き帰りにはそこでカフェを立ち飲みした。その店の隣が小さなカメラ店があって、小さな雑多なカメラがガラクタ屋さんめいて詰め込まれていた。それを見るのも楽しみだった。

その中にこのカメラつまりフォカフレックスがあった。これは結構複雑な構造のレンズシャッター式の一眼レフなのである。そのイラストの断面図などを見るとあまりに複雑で頭がこんがらかってきそうだ。

でもそれから何十年後かにフォカフレックスを手に入れて日本カメラの雑誌の連載でも発表したことがある。50ミリレンズで固定式だが発色は良かった。

何年にもわたるパリの撮影で最後に訪問した時は確かパリのメトロをモノクロのライカで撮影した。それを当時のアサヒカメラに9ページから10ページ発表してもらった。

タイトルは「メトロのパリ」にした。これは地下鉄のザジのまねなのである。ところが編集部は頭の良い人が多いから、これは間違いで「パリのメトロ」であろうと考えてくれて発表された紙面にはパリのメトロとなっていた。そんなことも何か懐かしい。

だからこのカメラもパリのフォカフレックスではなく、「フォカフレックスのパリ」としたいわけだ。

2017年3月15日 (水)

カーボンペーパー会社はなぜ破産しないのか??10枚入りを25年前に買った。あと二十五年は使える。私はー95歳。

カーボンペーパー会社はなぜ破産しないのか??10枚入りを25年前に買った。あと二十五年は使える。私はー95歳。

万年筆が大ブームのようである。カメラ雑誌の名編集長だった清水さんなどは最近は文房具の雑誌が忙しくて日本中飛び回っている。カメラの本は既に忘れられた感じだ。

うちはじいさんが小規模な万年筆製造をやっていたスプリング万年筆といった。
昭和30年代初めには日本橋の高島屋などにパイロットやセイラーと並んで売り場があった。でもそれも大恐慌でなくなった。不渡り手形と言うのにやられたのである。

実家が万年筆メーカーであったので私は万年筆は使わない。趣味の万年筆は結構だがあれはアナログの道具なので私のように仕事で文字を入力する人間には向いていない。

入力したものがそのまま転用する方法でないとダメである。
カーボンペーパーとか大和のりとかステンぺらーと言うようなものは日常生活には全く使わない。使うのは、毎年今頃に面倒な書類を提出する時だけだ。

25年前に月島の商店街の虎屋と言う小さな文房具店でカーボンペーパーを買った。10枚入りである。それを毎年1回だけ使っているのである。
25年経過したがまだ新品同様である。
あと25年は使えるであろう。
私は95歳になっているはずだ。

カーボンペーパーの会社はなぜ倒産しないのか?
これが不思議である。


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iPhoneと大きさがほぼ同じルーペ

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私は老眼になったのは同世代の連中から比較するとかなり遅い方である。周りの連中が手元が見えないとと騒いでいた時に私は手元のものを細かいところまで読めた。

しかし今年70になるとなるとそんなことも言っていられなくてやはり手元があまりよく見えなくなった。
iPadを使っていると老眼のわれわれは便利である。小さいものはスクイーズして大きくすればいいだけのことだ。ところが困るのは確定申告の書類等である。あれは国が老人をいじめるために作ったとしか思えない。しかも印刷が薄くて文字が小さいのである。

10年前にアサヒカメラの連載で「還暦からの写真楽入門」と言うのをやった。それはそのページだけ文字の級数を大きくしてもらったのである。

だからその連載の内容はともかくとして文字が大きいので人生の先輩連中からは大変喜ばれた。その後アサヒカメラは外部に編集を委託したのかどうか知らないが、そういう勝手なことができなくなってしまった。これは残念なことである。

iPhoneの最近のモデル、、、何と言ったっけiPhone 6でしたっけ、、あれがあたしは大嫌いである。
あの中途半端な大きさにアレルギーを催すのである。

iPhoneも最初の世代から使っていた人間にしてみるとあの大きいのが嫌なのだ。
それで知恵を巡らして小さいほうのiPhoneと同じサイズのルーペをiPhoneと同時にポケットの中に入れている。これはすこぶる調子が良い。

かなり細かい文字でも楽々と読み取ることができる。そうすれば私の今やっているカメラ日記などもiPhoneで入力ができるわけであるがやはり面倒臭いので、従来の通りiPadの普通の大きさのを使っている。
しかし時代は便利になったものである。

«アーロンチエア 座り続けて四半世紀

ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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