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🐦❤️12月9日ブラパチ学習塾本郷方面で開催決定🌈


🐦❤️ 12月のワークショップは私の生まれた音羽の隣街本郷を歩きまわります。
題して本郷裏表大撮影会。😎

本郷森川町の木村伊兵衛さんの交番を撮影した傑作があります。当時の交番は小学校の行き帰りに必ずよるポイントでした。勤務中のお巡りさんにピストルを見せてもらったりしたのです。

東大闘争安田講堂の落城のときには私は須田さんと取材に行っていました。
本郷3丁目の角の路地の奥にあるスナック千鳥は東京で最も早い時期に作られたスナックでした。

樋口一葉の古い家も残っていますし
Ohmiya洋菓子店にも何十年も通っています。見所いっぱいの本郷界隈です。😎🐦❤️804eb2e94c2f4af3afe69a7e4cd71a98


2018年11月16日 (金)

ドナウ運河と隅田川

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捻挫の治療と言うわけではないがあまり無理をしないようにしようと言うことで家から数十メートルほどのところにある隅田川のほとりのベンチまで行ってそこに座ったり近くを歩行したりしている。

日没近くなると太陽の光がまぶしくて目が開けていられない。しかし日差し建物の陰に入るといきなり冷気が襲ってくる。
目の前に展開している風景は東京のように見えるが実はドナウ運河のほとりなのである。ドナウ運河のほとりには7年半住んでいたのであるが風景がこれと全く同じなのだ。

オーストリアウィーンの旧市街のリングストラッセの角には高層建築があってその下流には岸辺のマリア教会がある。数百年前までドナウ運河の水はここまで来ていたのである。
さらに運河の東側にはIBMのビルに似た高層ビルがある。

これだけランドマークがあるともはやwinなのか東京なのか分からなくなる。
ゆいすまんのさかしまの世界である。

1時間ほどさかしまのオーストリアウィーンの風景を楽しんでエレベーターに乗って部屋に入ったら東京は隅田川の夕暮れである。
何か遠いヨーロッパから数秒で帰ってきたような気がして面白い。
カメラが最新型のiPhone 6

2018年11月15日 (木)

Josef Sudek 71歳

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部屋のテーブルの上がSudekの部屋のようになってたので片付けをした。そしたら下の方から外国から来たまだ開封していない写真集のパッケージが出てきた。開けてみたらSudekをモチーフにした写真集であった。出版はロバートフランクでもうけているドイツのSteidlである。

撮影したのはドイツの大学の先生である。Otto Steinartの弟子であるらしい。

片腕で大型カメラを背負って歩いている写真家はなかなかかっこいい。
表情も非常に若々しいのでこれは50代後半の撮影かなと思ったら1967年なのである。すなわちあのプラハの春の1年前に撮影されたものである。

写真家のラビリンスと言う有名な作品があるがそれは彼のアトリエの大きなテーブルがすべてもので埋め尽くされていてその真ん中の方々10センチ4方の場所だけが空間ができている。
その小さなスペースにひときれの黒パンと紅茶のカップとちいさい杏が置かれている。そのテーブルの全景を11 × 14インチの大型カメラで写真家は撮影しているのだ。これは傑作ですね。

Sudekを個人的によく知る人の記憶によれば彼は妹さんと住んでいたが人生の終わりになってものが充満して窓まで歩いていけないような状況になっていたそうである。つまり写真家が感じている全世界と言うのは彼の部屋の方が全世界よりも広いと言うことになる。

彼の部屋で素晴らしいと思う装飾品はバロック時代の天使の金泥の翼のもげたのがそのまま無造作に壁にかけてあるのが良い。これはイカルスの羽よりもクラスが上なのである。
この事実はSudekが第一次大戦にイタリア戦戦で片腕を喪失してしまったことへの補償なのではなかろうか?

2018年11月14日 (水)

中藤受賞者の写真集ホワイトノイズ 右手のパノラママジック

家ではもっぱら受賞者と呼んでいる中藤さんの最新の写真集だ。普通のソフトカバーの写真集のように一見見えるがこの本にはかなり不思議な仕掛けがある。

観音開きと言うのは雑誌などで時々使う禁じ手なのであるがこの写真集は1冊全部この観音開きの禁じ手で展開されている。

だからこの場合本をめくる時に右手でパノラマのページを開くと言うことがとても大事なのであって本を閲覧する人間が中藤の構築した世界を自分の右手のアクションで展開すると言う主体的な参加の写真集の鑑賞方法になっている。

中藤は写真家としてはかなり諧謔を弄する方の種類の人間であるので1ヵ月ほど前にも写真集飲み会なるものをあるいは別の名前だったかしれないが写真集を見ながらいっぱいやろうと言うコンセプトで展開して1部に誤解を生んだりしている。

写真集を見ながらものを飲んだり食ったりするのは別にルール違反であるとは言わないが写真評論家飯沢が大昔に写真集食堂を作ったときに私も飯沢から何度か来てくださいと言われているが1度も行った事は無い。基本的なスタンスが私は異なるので飯を食いながら写真集を見ると言うのはアメリカのジャズを聴きながら酒を飲むのに似ていて私には理解できないところがある。

写真集を見るお行儀などを言うような儒教めいたことはここでは置いておくとしてこのホワイトノイズは写真集の空間を3次元プラスにしてくれるところがあってそれが面白い。

もともと中藤は森山大道のエピゴーネンのような写真からスタートしたが今回の右手で広げるパノラマ空間の仕事である意味完全に森山に追いついて今徐々に森山大道を追い越しているように私には観測されているのである。中藤はこの仕事で別のタイトルを受賞すると思う。Bdd9c4d44afa452b96ec45525e29a986


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2018年11月13日 (火)

石原悦郎さんの思い出。かきはないかな柿は

ギャラリーバウハウスの2回目のトークが終わった後バウハウスの建物の中にある柿の木になった柿の木の果実をいただいた。

柿の木の果実とはめんどくさい言い方であるならウィキペディアで調べたらこれが正式な名称であると言う。

我が家もかき余り現象で先週新潟から段ボールでいただいた直後であった。

しかしどこで作られたかがよくわからないかきよりもギャラリーバウハウスの庭でできた柿の方が出所が明らかであるから信頼ができる。果たしてうまい柿であった。写真が上手くなる柿であるなどと尾ひれをつければ人気になりそうだ。左手がギャラリーバウハウスの柿であってみぎ右のほうは新潟からの頂き物である。

Zeitフォトサロンの石原さんのことをよく思い出す。1980年代に石原さんと我々写真家連中が阪急のデパートの上のレストランで会食をした後に石原さんはウエイターにかきはないかな?と聞いたのである。
残念ながらかきはなかったけれどもこの質問はヨーロッパでかなり贅沢をした人間が自然に口から出る会話なのであってなるほど石原さんはそういう人なのだなと納得をしたのであった。


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2018年11月12日 (月)

マウントバウハウス世界最高峰サウスコル

50年間世界中を歩いていたのに初めての捻挫である。ヨルダンの土石流のニュースを見ていて感心したのは3000人のツーリストが避難しているのであるが私が最初に理解した事はこの3000人は全員足を捻挫していないなと言うことだった。

11月10日にはギャラリーバウハウスでのトークがあった。それでいろいろ考えた。最新型のiPhone 6にはタクシーを呼ぶソフトは入っているのであるがそれはまぁマンションの車寄せにまでは来てくれない。道路までは来てくれる。ところが私はアーロンチェアに座ってキッチンに行くまでが一大決心であってパリに行くよりも遠くの感じがするのである。

思い余って野々宮介護サービスをお願いした。これならエレベーターでまっすぐ地下2階の車寄せまで行けばBMWが待っていると言う次第だ。

この日の野々宮はセスナでTouch and Go!!を何回かやった後なので申し訳なかった。
今回の遠征の工程の中で最大の難所はギャラリーバウハウスのエントランスの大理石のステップである。それでこのステップをマウントバウハウスのサウスコルと命名した。

野々宮サポート隊の肩先を借りてサウスコルの難所を越えてエレベーターで会場に降りた。椅子に座ると全くの健常者のように見えるのであるが実際には2メーターも歩けないのである。

トークショーのの冒頭に鵠沼のブレッソンを皆さんに紹介した。今回のトークはもともとは前回の沢木さんのトークに来たブレッソンがその感想を鳩居堂の便箋にウォーターマンの万年筆で十数枚の長文の脅迫状を私に送りつけてきたのである。ウォーターマンの万年筆のインクがもう切れるのでこれで終りにしますと手紙の最後に結んであった。

小滝館長と協議して鵠沼のブレッソンを敵に回すと面倒なことになりそうなので2度目のトークを開催したわけである。
満員御礼。

写真は野々宮撮影。ライカモノクロームにSummmarImg_8996


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撮影は漂流者。カメラはiPhone

2018年11月11日 (日)

スカイツリーの芽が出た頃

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2009年の夏の頃。
東京に第二の電波塔ができると言うのは聞いていたが最初はこのような感じだった。だから望遠レンズで見るとひしゃげた格好の変なビルが建築中だなと思った。

当時はほぼ毎月プラハに行くと言う生活だったのでプラハから帰ってくるとそのビルは少しずつ天空に向かって伸びていた。そのそらに向かっての育ち方が止まらなくなって今我々が見ているようなタワーになったのだ。

その意味でスカイツリーのめばえの時代は非常に貴重であると思う。

2018年11月10日 (土)

三輪で捻挫オリンパスワイド

三輪で捻挫オリンパスワイド

先週初めてのことである。あろうカメラ我楽多屋さんでオリンパスワイドのダブルネームモデルを買った。それを持って三輪に出かけた。

都電荒川線の停留所の奥の路地にある沖縄のそばを食べに行ったのである。

昼前の快晴の強烈なコントラストの道を歩いていたら商店のエントランスの段差に左足がかかった。本当はそこで転んでしまえばエネルギーの使い方はうまく収まったのであるが私は思いっきり踏ん張って前方向に向かってたたらをふんでしまった。
私に対抗して彼方から歩いてくる人がその私の勢いにびっくりして全員逃げてくれた。ようやくそのお店の右側の柱につかまってそこで停止することができた。

その時は別に足を捻挫した感じではなくてそのままオリンパスワイドで三輪の商店街を撮影してその時に最新型のiPhone 6で撮ったのがこの画像である。

今週の火曜日にニコンの101号館の跡地を見に行った。
大雨の日であって持っている傘がずぶ濡れになった。この傘は余年前に赤瀬川さんが亡くなった時に彼の千葉美術館での回顧展に行った時に千葉で買ったのである。

よく水曜日は佃で晴海トリトンスクエアに買い物に行った。その時の歩数は6000歩位のものである。

木曜日の朝から左足首が痛くて歩行困難となった。老人になると捻挫などにしてもショックを受けたときにすぐ症状が出ないで1週間ぐらい経ってから出るものと見える。

それで今度の日曜日のブラパチワークショップは既にロケハンも済ませたのであるが大事をとって中止とした。
ブラパチワークショップは毎月第二日曜日に開催していてこの前の8月はお休みしたが後は毎月実施しているのである。今回が第13回目なのであるが13回だからうんぬんと言う事は別に考えていない。Ab6e5d96342f432b891f09de2ca6314e


2018年11月 9日 (金)

小顔焼き

小顔焼き
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大雨の中にニコンの101号館の跡地を撮影に行って佃に戻るとき甘いものを買おうと思った。
中延駅前の商店街をずっと歩いた。
ここら辺は知らない地域である。

人形町にあるのと同じ屋号の人形焼き店があった。そこでとりあえず人形焼きを買ったのだが数年ぶりに買ってみて何か値段が以前人形町で買った時よりも安くなったような気がしたのである。

1個108円なのである。佃島に帰宅して調べてみたら私が知っている人形焼きよりもかなり小さい。
20年以上前に人形町あたりの老舗の時計屋さんの娘が人形焼きに似ていると言うのが話題で彼女は自ら前に何個かの人形焼きを並べてそれを撮影して雑誌の著者写真などに使っていた。

その当時の四半世紀前の人形焼きに比べるとこれは小さい。
こういうところにも小顔ブームというのがきているのであろうか?

ブラパチワークショップ11月11日中止のお知らせ

ブラパチワークショップ11月11日中止の件

🐦❤️田中長徳は左足捻挫のため今度の日曜日のワークショップを中止します。
ご迷惑をかけして申し訳ありません。😎

11月10日午後7時からのギャラリーバウハウスでのトークは予定通り行います。😎❤️

2018年11月 8日 (木)

Ricolet2のでザインに美学を感じる

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リコーのレンジファインダカメラのデザインには良いものが多い。特にフイルム時代のものは作りが良くてデザインが良いのに当時の価格が安かったと言うまさにカメラ人類の福音書と言う感じがする。

私の父親時代の人が最初に手にしたカメラがこのカメラであるという実例もたくさん周囲にある。

それでこのカメラの事なのだがこれは普及モデルでレンジファインダがついていない。まさにそこがかっこいいのだ。私が長年ライカの1番最初のモデルでパリかどっかで写真でその写りにびっくりしているわけである。

レンジファインダのついていないライカカメラの最初のモデルに対抗できるとしたらおそらくこのカメラしかないであろうと私は考えている。その全体のデザインが非常に良い。普及型であるにもかかわらずそのような手を抜いたとか安っぽいと言う感じが全くしない。

当時このカメラに関わっていたリコーの方の意見では輸出向きの普及機であったからあまりかっこいいと思わなかったが今見るとそのデザインの観点が違って見えるとおっしゃっていた。

トップカバーのデザインで特に優れているのはButterの塊をシャープなナイフで斜めに急ぎ落としたようなそのLINEである。最近手に入れたものなのだがあのリコーのレンジファインダカメラのトラブルの定番としてシャッターが壊れているかフォーカシングがフリーズしているがそのどちらかであろうと期待していた。ところがこの固体は先週出荷された言う感じで実にスムースなのである。そのことにもびっくりした。

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«ブラパチワークショップ偵察衛星から見た矢切の渡し

ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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