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日本路地裏学会

ごあいさつ

  • リニューアルのごあいさつ 「 PEN PENチョートクカメラ日記」へようこそ!! チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  

富柏村

  • 富柏村
    かなりハードで、しかも優雅。香港に行くより面白い!

今日マチ子のセンネン画報

  • 今日マチ子
    多摩川を描くのはつげ義春さんとばかり思っていた。 GRDが登場する。

突撃隊長のブログ

2013年5月19日 (日)

浅井宏氏の101歳の誕生日

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家人が「今日はおおきいパパの101歳の誕生日」と言った。

ああ、そうかと思った。「おおきいパパ」とは家庭内用語であって、孫におじいちゃんと言われるのがいやだった、義父が自分で命名したのである。
つまり「ちーまま」の反対語であるという認識もできる。

あたしもあたしの母も義父も5月生まれなのである。

このところ、ずっと義父の遺品のロンジンを使っている。ロンジンは沢山持っているが、その中ではこのロンジンが一番新しい。
義父の腕にこのウオッチを見たのは数十年前であって、当時は「なんとも地味な時計だな」と思っていた。

ところがあたしが同じような年代になってみると、その地味さがなかなか良いものだということが分かってきた。

その意味で「じじい」になることの現実は、あたしが若い当時にじじいをみて、退屈そうだと思ったのとは、まったく異なる現実があることが分かった。
これはなかなかの発見であると思う。

しかし冷静に考えると、クラシックなウオッチもクラシックなカメラもそれは誰かの遺品であるという厳粛な事実がある。

この一事に気がつくと、そういう物品に対する真摯な態度が自然に出来るように思える。

デジカメもそういう方向の存在が理想なのかも知れないが、、、

★カメラはiPhone5

2013年5月18日 (土)

働くボートと遊びのボート

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高層タワーブームが生まれた当時はあたらしいモノ好きなので、タワーの最上階に住んでいた。
上と下では天気が違うのである。
お天気の怪しい日に、傘を持ってでるかどうかは、高倍率の双眼鏡で下界の通行人が傘を持っているかどうかを確認した。

加えて、前後して出来たばかりの六本木ヒルズの49階で10年間仕事をしていたので、ますます空気の薄い所に住む人間になってしまった

これではいけないというので10年前に住処は下の方に移動した。ここなら双眼鏡なしで橋の上を通る人間の性別、年齢、それに同行の犬の種類までわかる。

楽しみはバルコニーから観察する船の行き来である。
黄金週間の時には、もっぱら観光の為の船が通過していたが、あたしの好きなのはこういう仕事をしている、働く船である。
これだけの巨大な物体を陸上で運搬するのはまず無理であろう。

十年前だったか、アローカメラの企画で買取名人の故郷、小豆島へのツアーがあった。小豆島は雰囲気がシシリー島に似ているというのも面白かったが、それ以上の興味は、大阪城の石垣はここで切り出して、それを水路で運んだということだった。

水運というのは実に大した運搬方法だなと改めて感心することしきりである。

★カメラはXZ-10

2013年5月17日 (金)

荻窪の老舗カフェ「邪宗門」

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十数年前、荻窪にはよく通った。

荻の茶屋、ウイスパーズカフェ、オリエンタルグリーンなどがその店名である。それらのお店はすでに全部なくなった。

一日、その最初の2つは店の店舗は他の店になっている。三番目のオリエンタルグリーンというのは、駅から大きなお寺の境内をぬけて北にいった場所の住宅街の二階建ての立派な建物で、年中、クリスマスめいたイルミネーションがついていた。
フレンチなのであるが、ボトルのブランデイなどが原価の値段で、なにかそういうものを呑みつつフレンチを食べていると、香港の小金持ちになった気分であった。

その店の奥にドアがあって、これはいかにもその奧に気のきいた、パテイオがありそうに思えた。これはあたしが欧州で行ったそういうお店の記憶と二重写しになってしまった結果であるが、しばらくこの店に通ったらそのことが事実であるかのように錯覚されて、ドアの向こうには緑したたる羅馬あたりの、中庭であると確信するに至った。

結局、そのオリエンタルグリーンの場所は特定できずに、荻窪駅にもどってくる途中にこの界隈きってのカフェの老舗「邪宗門」が開いていたので吃驚した。

最近、何度もこの前を通過していたのだけど、邪宗門の門は閉じていたのである。

隣のお店がなにかの物産展の会場でそこの女性が「しばらく仕舞っていたけど、またあきましたよ」と教えてくれた。

大昔には一階も席があった記憶があるが、15年前には二階の一番窓よりの席に座った。それで今回もそこに座った。

上の写真の小さい窓からどのように見えるのかと、撮影したのが下の画像である。小型なXZ-10を持ってしても、このアングルが精一杯である。デジタル一眼レフではレンズが大きすぎて撮影は出来ない。

急な階段の二階である。マダムは闊達しして声も若い。もう58年もお店をやっていると聞いた。あたしの物心ついてからですら、邪宗門は常にここにあった。

その間口が一間の小さい店が内部にはいると広大無辺な空間に感じるのも痛快であった。

★カメラはXZ-10


2013年5月16日 (木)

PAXという名前の「らいか」

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国産のライカコピーモデルを、ひらがな表記で「らいか」と書くことは、10年以上前にあたしのカメラ本で勝手に決めたことであるが、今でも顔本などでその用語を使ってくれているカメラ人類さんが居るのはうれしい。

それで確か大和光機と言ったと思うが、そこの「らいか」がこのパックスである。このモデルは1950年代にそこそこに人気があったようで、M2とかM3というような、ライカをなぞったモデルも出ている。

この「らいか」の形式名は知らないけど、巻き上げノブのスタイルからしてバルナックライカがその土台にあるな、と手にとって見ると案外に角張った本体は旧式のキヤノンの4SBにも似ている。それなら「らいか」ではなく「きやのん」でも良いのであるが、やはりそのオリジナルが「舶来品」でないとこの命名は似合わない。

カメラジャングルからオリンパスペンFTが発掘されたとの期を一にして、パックスこと、らいかが出てきた。

二十年ぶりくらいに実物を見て、感心したのはその仕上げの良さであった。あたしが若い当時、ライカ以外にはオリンパスがるのみという時代には、こういう、らいかはなにか「ぱちもん」に見えたのであるが、2013年にこれを冷静に観察するに、金属仕上げの程度の良さなどは完全な精密機器である。

いや、精密機器というよりも、これは耐久消費財である。こと、カメラに関してはこの「耐久消費財」という、属性が完全に失われてしまった。

これが現代のカメラ産業の宿命なのであろう。

ひいおじいさんのらいか、あるいはライカは実在感があるが、おじいさんのデジカメというのはどうも感覚にコミットしないのである。

現代の我々の目指す道は、さしずめ半世紀後に尊敬を受けるような「でじかめ」なのではなかろうか。

★カメラのスタイリングはXZ-10で撮影

2013年5月15日 (水)

オリンパスペンのデザイン

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新型のペン5、あたし流に言えば、ぺぺんぺんぺんぺん(これでペンを五回唱えている)は、実機はまだ手にしていないが、なかなかよさそうである。

カメラ雑誌ならその高性能を列挙するであろうが、それはそれで大したものだが、あたしのような青年時代にペンの洗礼をうけたクラシックペン人類にしてみれば、ペンはずっと継続して「ペンのデザイン」であるのがうれしい。

この場合、ペンとはペンFに始まるハーフサイズのペンの意味である。
ペンの5型というのが、なにかライカM5とか、iPhoneの5を連想させるのであるが、ライカM5の場合にはそれまでのデザインを一挙に変更して、不評を買ったりしたし、iPhone5の場合にはその前のモデルよりちょっと大きくなっただけであったから、デザインの進化(この場合には形状が変化しないことも重要なデザイン上の進化である)の系譜からすれば、ペンの最新モデルはiPhone的なデザインの進化ということになる。

三年前にジョブスが「iPhone4はクラシックライカより美しい」とそのプレゼンで言ったので世界が震撼したのは記憶に新しけど、そのロジックから言えば、ペンの最新型もライカのデザインを超えているということになる、

あたしは現役時代にペンFを知っている「古参党員」であるから、一連のペンのシリーズでなにかがかけているなと思っていて、それが何だか不明のままに数年が経過して、今回、発見したのは、オリンパスペンという文字列が欠けていたという一事であった。

新製品のオリンパスペンが出て、一番喜んでいるのは、オリンパスペンFTである。この二機種には時代を超えた「連帯感」がある。
口さがない連中は「五十年前のペンのデザインを今の修理可能期間がたった10年のペンにそのまま踏襲するのはナンセンス」という声があるが、あたしはそういうステートメントは支持しない。
こういう批判をする向きは最初からオリンパスペンのデザインを認めているカメラ人類であることは言を俟たない。

★カメラのスタイリングはXZ-10

2013年5月14日 (火)

暗いレンズのセットという選び方

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一部のオリンパスファンには絶大な「人気」のあるレンズが、スナップショットズイコー15mmf8である。これはあたしの個人的な命名であって、本当はレンズキャップレンズというネーミングなのだけど、このレンズの実力を良く言い表していない。

トリプレットはレンズの収差補正の完成モデルだけあって、実によく写る。

この前のハノイ行きと、その後のこの春の東京大周遊では、かなりのショットをこのレンズで撮影していた記憶がある。

同様な小型で良く写る広角レンズをライカとらいか(かたかな表記はレンジファインダーの国産機を意味する)用に手持ちのレンズの山の中から選択してみた。

それがソ連製のフェド28ミリである。ソ連製のオリオンというブランドの28ミリはもう40年間ほど愛用してる。これは戦後の製品でトポゴンタイプだ。

ここに登場のあたしが最近、使っているのはその前の戦前のレンズであって、レンズ枚数は不明ながら、4枚よりは多そうである。レンズが曇っているのを友人にお願いしてクリーンアップしてもらった。

戦後のオリオン28ミリは明るさはf6なのに対して、戦前のはf4,5である。当時のツアイスのテッサー28ミリは明るさはf8だし、ライツのヘクトール28ミリの明るさはf6,3だからソ連の戦前の玉は異例の明るさと言って良い。

シャープネスも充分である。一昨年はこのレンズをライカM5に使っていた。ただしレンズの開放では周辺がかなり落ちるのだけど、それは表現の一端であって、あたしの好むところだ。

昨年の夏に出した、OM-Dワークショップ(えい出版社)では、このフェド28mmをOM-Dにアダプターで装着したのを作例と共に紹介している。

そうなると、常用のレンズ三本が欲しくなるのは、カメラ人類の常である。ここに揃えたのは、やはり戦前のフェド100ミリf6.3と戦後早い時期のフェドの50ミリf3,5である。ソ連レンズ三兄弟ですね。

こういうレンズを使っていると、ロドチエンコとは僭越ながら、戦前の写真家の気分がちょっとは分かるような気がする。

★カメラとレンズの写真はXZ-10で撮影。

2013年5月13日 (月)

神田明神の宵宮にフランクを語る

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神田明神のお隣のギャラリーバウハウスで、昨年と今年とで四部にわけて、ロバートフランク展が開催されている。
その第四番目のセッションに合わせて、フランクに関する「ゴシップねた」を語った。
開場満員御礼。

控え室でまっている時、開場があまりに静寂なのでお客さんが数人しか居ないのではないか、と「臆病口」(これは能楽用語)から思い切って会場に出たら、超満員であった。その静寂さはお客さんがあたしの「出」(で、と読む)を待っている静けさなのである。ありがたいことだ。

展示の内容はHPを見ていただくとして、ギャラリーバウハウスは、写真の照明が明るいのがよい。
デユーラーのオリジナルデッサンならいざしらず、二十世紀の写真芸樹は、本来明るい状態で見るべきものだ。

かのユージンスミスも「自分のプリントはライトバリュー17で見なければ理解できない」と言っている。東京路写真美術館も、横浜美術館も鎌倉近代美術館も展示が暗い。
それは関係者さんが、作品を思ってのことであるのは分かるけど、暗くて、見えないのでは本末転倒だ。

昨年、鎌倉近代で、石元泰博さんの「桂」を見ている時、あまりに暗いのでそのことを連れと小声で話していたら、椅子に座っている女の人に叱られた。
あたしはささやいていた筈であるが、なにしろ広い展示室に3名の観覧者なので、椅子に座っている女性は業務特権であたしを「取り締まり」にきたわけである。

写真ギャラリーでは

「音声の制圧より、もっと光を!」
と声を大にして言いたい。

この間の北井一夫さんの東京都写真美術館の展覧会でも、やはり展示が暗かった。それで家に戻ってから、図録をよく眺めた。これでは本末転倒だ。
その照度というのは、ハノイのホーチミン廟の中の暗さと同じであった。

さて、ギャラリーバウハウスはその意味で、照明は及第点である。
東京カメラ倶楽部の田村代表が来てきれたのも嬉しかった。

会場まで突撃隊長のクルマで行った。そこかしこでは神田明神のお祭りの宵宮である。
その界隈を通過して明神様の高台の隣のギャラリーに行ったその印象は、なにかフランク展そのものが、宵宮のような感じがしたのも妙であった。

フランクはすでに「信仰」であることは確かだ。
しかしあたしはラビであるというわけではない。

★撮影は小瀧館長による

2013年5月12日 (日)

きゃうと

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大昔、京都に友人の紹介で、もう永く京都にくらしている婦人に会いに行った。鴨川の東側の瀟洒なお住まいであった。

記念に明治時代の和綴じで木版のガイドブックをもらった。それは今も持っていて、時々見ているのである。

これは上下二巻本で、名所旧跡やら、人力の値段やらが書いてある。
そのタイトルが「きゃうと」なので、あたしは今でも京都は、きょうと、と発音する。

そのきゃうと訪問だが、この前の大阪芸大の講義のオフの日に、なにわの稲荷から北に歩行して、靱公園の中を突っ切ったら、そこは淀屋橋に出たので、むらむらっとなって、お京阪ででかけたのだった。
交通費が四百円というのは安い。大昔にはお京阪には、「テレビカー」というのがあったな。

三条の大橋を見て、外人観光客が吃驚するのは、その欄干が「木製」であることだ。これが古びた町屋のファサードみたいな色合いである。

三条大橋の西詰に「いちげんカメラ」があったのを思いだした。
これは1960年代の話で、間口一間半の店にはなかなかに玄人筋のカメラレンズが並んでいた。
店に入って、値段を聞いたら、おかみさんが「いちげんはんにはうりまへん」と言ったので、きゃうとだなあと感心した。

相手のあたしは目のつりあがった、全共闘みたいなあやしい青年であったから、ていよくあしらわれたのである。

以来、仲間うちでは「きゃうとのいちげんカメラ」はかなり有名だ。

その店は代替わりらしく、釣り道具のルアーなどを扱う店になって四半世紀が経過したが、今回、見たらまた工事が入っている。

久々の京都であって、土地勘が狂った。本当は四条の東華菜館にゆくつもりであった。それでもカメラ散策にはちょうど良いので、先斗町(これを、あたしは、せんとちょう、と読む)の路地を南下した。

★カメラはGR

2013年5月11日 (土)

谷川俊太郎さんはOM-Dユーザーです

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この前の週に佃煮ヒルズの近くの新川の森岡ギャラリーで、谷川俊太郎さんの写真の個展があった。その最終日に飯沢耕太郎さんが聞き手で、大詩人の映像論をうかがったのが面白かった。

希代の詩人のお話をきいて、木戸銭が千円。しかも作品は額付きで、五千円なのである。無名の自称写真家という怪しい連中がとんでもない高価な値段で写真に値段をつけている現代には、「谷川俊太郎を見習え!」である。

谷川さんはなんせ土門拳にポートレートを撮影されているのだ。

谷川さんの写真集「写真」を求めて、お話をききながらぺらぺらめくっていたら、谷川さんのセルフポートレートがあって、鏡の中の大詩人はタンクトップ姿でかっこいいのだが、お持ちのカメラがOM-Dなのである。

こういうのは最大の広告効果だな。

著名タレントを起用した一大広告戦略より、ずっと著名な大詩人が持っているカメラの方がその効果は何万倍である。なぜなら前者は広告であり、後者はメッセージであるからだ。

その講演会で「昨年に、あたらしいデジタルカメラを買いました」というのはこれであったのか。

★写真という名前の写真集を複写したのはXZ-10


2013年5月10日 (金)

奈良時代のカメラ店

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なにわを徘徊しようと、なんばのホームに立っていたら、奈良行きの電車がきた。
それで奈良のカメラ店で記憶に残っている店を再訪しようと思った。

奈良の記憶の中の渋いカメラ店は二軒あって、ひとつはJR奈良駅前の店だが、これはすでにない。
もうひとつは、近鉄奈良のアーケードから興福寺に行く途中、猿沢の池の手前にある、鹿煎餅などを売っている、修学旅行相手の小店の並びにある。

もう閉店しているかと思ったら、こっちはまだ存在した。まず奈良時代後期のカメラ店と言ってもよさそうだ。

この店のウインドウを撮影してなにかの印刷物に発表したのもすでに四半世紀の昔である。

★カメラはXZ-10

«阪堺電車で南を目指す

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PENPENPEN

  • 日本グッドデザイン賞2011をペン3が受賞
    ★PEN3受賞対象の概要 OLYMPUS PENはポケットに収まる万年筆のように、誰もがいつでも携行できて気軽に写真を楽しめるレンズ交換式デジタルカメラ。E-P3は使う人の意思を込められ ることで圧倒的な好評を得ている「ライブガイド」やアートフィルター機能を更にブラッシュアップ。その上、ダイレクトインプットが可能なタッチパネルを搭 載。いたずらにオールタッチ操作とするのではなく、システムカメラを使うユーザーが一番使いやすいインターフェイスを新たに開発した。質感の良さで好評の 外観も持つ歓び、操作する楽しさを味わえるレベルに進化させた。

カメラは詩的な遊びなのだ

  • カラー版 カメラは詩的な遊びなのだ。 (アスキー新書) 買ったきっかけ: あたしの書いた本なので、著者購入本として買いました。 感想: これからはカメラテクニックではなく、カメラを手にしての「生き方さがし」と「生き甲斐さがし」が重要。そこをポイントに。 おすすめポイント: カメラで遊ぶことは、詩人になること。同時に金魚救い(掬いではありません)の達人になること。 アイフォンとデジカメの位置関係に関しても語ってます。デジカメとスマートフォンユーザーにおすすめ。取説に書いてないこと。 カラー版 カメラは詩的な遊びなのだ。 (アスキー新書) 著者:田中 長徳

セミナーイベント「写真の境界線」 --- Ceci n'est pas une photograph

お知らせ

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    ★カメラグランプリ2010実行委員会は5月20日、カメラグランプリ2010の「大賞」および、「カメラ記者クラブ賞」「あなたが選ぶベストカメラ大賞」の受賞製品を発表した。選考対象となったカメラは、2009年4月1日から2010年3月31日までに国内で新発売された199機種。 ★「大賞」に選出されたのは、オリンパスのマイクロ一眼「オリンパス・ペン E-P1」。 ★一般ユーザー選考による「あなたが選ぶベストカメラ大賞」でも、得票数1位を獲得した機種は「オリンパス・ペン E-P1」となった。